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「戦後の日本古代史研究の最大の成果」

2014-03-30 | 石母田正の父とその周辺
投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2014年 3月30日(日)22時29分51秒

大津透氏の「古代史への招待」(『岩波講座日本歴史第1巻 原始・古代1』(2013年)を見たら、石母田正氏の『日本の古代国家』が絶賛されてますね。(p5以下)

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一 石母田正『日本の古代国家』

 戦後の日本古代史研究の最大の成果は、石母田正『日本の古代国家』(一九七一)であろう。古代国家の特色を考える上で、避けて通れない、現在の日本古代史の基礎に存在する著作といえる。石母田は、いうまでもなくマルクス主義にもとづく戦後の歴史学と運動を支えた人物だが、本書では、単純に既存の理論をあてはめるのではなく、日本の歴史に実際に適合する新たな理論を、文化人類学の成果を学ぶことによって作り上げた─在地首長制という─点に、大きな意味があり、戦後の古代史研究の画期ともいえる。また著者は、唯物史観にもとづく歴史学研究会の中枢にいたのだが、本書においては、そうした左派的研究よりもむしろ、対立していたはずの右派というべき実証的考証論文が多く参照されていて、戦後二五年余りで積み重ねられた実証的研究成果を見事に統合し、それに新たな意味を与えたという点でも、画期といえるだろう。
 詳しく内容には立ち入らないが、第一章「国家成立史における国際的契機」では、国際関係を、国家成立のための契機、原因として(対外交渉史ではなく)とらえる。現在では東アジア史のなかで日本の古代を考えることは常識になっているが、これはそのさきがけとなった。マルクス主義では、歴史は社会の階級分化にはじまり社会・経済要因により自律的に発展すると考えるので、その歴史像は一国中心主義になりがちであり、それへの反省でもあるだろう。
(中略)
 実証的研究をとりこんでなされた天皇制や律令官制の分析には独自な視点があり、そうした面でも本書の影響は大きい。しかし本書の主眼は、第二、四章の、首長が共同体を代表し、共同体の生産力自体を体現するとする「在地首長制」論にある。戦後の国民的歴史学運動の挫折をふまえて、新たな理論を作り、日本の古代国家が首長制の上に成り立っているという特質を鮮やかに示したのである。(後略)
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普通の人だったら「国民的歴史学運動の挫折」でへこたれたんでしょうけど、元々タフな石母田氏はその後の「歴研危機」(岩波書店との金銭的なトラブル、「歴史学研究」の発売元の青木書店への変更等)を乗り切り、60年安保闘争で頑張って、おまけに1963年には法政大学法学部長になって約2年間職務に忙殺されたそうですね。
法学部長の任期を終えた後、石母田氏は1965年に52歳でヨーロッパに半年間留学し、また板垣雄三氏に案内されてエジプト旅行をされたそうですが、これはけっこう大きな出来事だったようで、この後は文体もペシミスティックな気配がすっかり消えた感じがしますね。(個人の感想です)

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