投稿日:2013年10月17日(木)08時49分52秒
私は歴史そのものより、むしろ歴史を映し出す鏡、媒体としての歴史書・歴史物語作者や歴史学者の方に特殊な関心を寄せているのですが、出自を探って行って面白いと感じる下限はせいぜい1928年生まれの網野善彦氏くらいでした。
戦後生まれの研究者はそれなりに想像できる範囲内なので概してつまらないのですが、東島誠氏の場合、私にとっては発想の出発点が理解しにくく、ちょっと謎の存在でした。
『日本の起源』では、その点が次のようにはっきり書かれていましたね。(p300以下)
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どうも私の履歴書をカミング・アウトしなければいけない空気をひしひしと感じますが・・・(笑)。原武史さんの『滝山コミューン一九七四』は、時代の<ひんやりした温度>を鮮烈に、しかもある種の<郷愁>とともに喚起してやまない、秀逸な一九七〇年代史です。ただし、東京は西武池袋線沿線の、マンモス団地の小学校で繰り広げられていたその<光景>は、同じことを経験していない人には、また読者の感受性によっては、たぶんわからないだろう、というところがあって、そこで評価の分かれる書物だと思います。
少なくとも私は、東京生まれでも団地住まいでもない。しかしながら蜷川(虎三、共産党・社会党を与党に戦後七期連続で京都府知事)府政という、革新自治体の独特の雰囲気がみなぎっていた京都近郊の小学校区に育ったせいか、この本で語られるのと同様の、コミューンあるいはコミュニティの掲げる<理想>が、<暴力性>に転化する瞬間、それが息苦しいほどの<負の側面>を露わにする現実を実際に経験したし、同じことは、うっかりするといつでもどこでも起こりうる可能性を持っているのだ、ということが学問の出発点にあるわけです。
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これを読んでから「中世自治とソシアビリテ論的展開」を読み直すと、ああ、なるほど、とは思います。
「コミューンにおけるアソシアシオンの不在」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/aa96203a1f89528a67b82a824305e274
2010年6月に上記投稿をしたとき、私は東島氏を<歴史に「ないものねだり」をし続ける無邪気な永遠の子供>と思っていたのですが、東日本大震災を挟んだ3年後、『日本の起源』を読んだ後も大体同じような感想を抱きます。
「中世自治とソシアビリテ論的展開」の内容とは直接関係ありませんが、ここで東島氏が厳しく批判された勝俣鎮夫氏は1934年生まれ、原発事故発生時の東京電力会長でマスコミから悪魔のように糾弾された勝俣恒久氏の6歳上の兄ですね。
経済界では勝俣恒久氏は新日本製鉄元副社長・九州石油元会長の孝雄氏、丸紅元社長の宣夫氏と並んで「勝俣三兄弟」として有名でしたが、実際には五人兄弟、それも残り二人を含め全員が大変な秀才という驚異的な家族ですね。
この兄弟関係、以前ツイートしてみたら中世史の研究者はあまり知らなかったようで、私は逆に少し驚きました。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8B%9D%E4%BF%A3%E6%81%92%E4%B9%85
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