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「大山喬平氏の中世身分制・農村史研究」

2018-06-17 | 「大山喬平氏の中世身分制・農村史研究」

投稿者:鈴木小太郎 投稿日:2018年 6月17日(日)10時54分30秒

ちょっと間が空いてしまいましたが、ツイッターで京都大学名誉教授・大山喬平氏のインタビュー「大山喬平氏の中世身分制・農村史研究」(『部落問題研究』218号、2016)が面白いと言っている人を見かけたので、私もこれを読んでから大山氏の過去の著書・論文をいくつか眺めていました。

大山喬平
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%B1%B1%E5%96%AC%E5%B9%B3

大山氏は政治的な面で非常に早熟な人で、インタビューでは、

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塚田 中学・高校の頃に、歴史をやるんだという感覚は全然なかったのですか。
大山 まずはありませんでした。
塚田 むしろ社会科学とか革命とか、そういう感じでしたか。
大山 そうそう、途中からだけど、革命をやろうと思うようになっていました(笑)。
久野 その頃から毛沢東やスターリンを一所懸命読んだのですか。
大山 読んだ、読みましたよ。
塚田 マルクスはどうでしたか。マルクスを読むより、毛沢東やスターリンでしたか。
大山 そうですね。いやレーニンも。『レーニン二巻選集』(社会書房、一九五一年刊行開始)が一番早く出て、それが流行っていた感じでした。
久野 それは、先進的な高校生にですか。
大山 要するに、一九五〇年六月、朝鮮戦争の勃発が一挙に危機感を募らせましたね。その時、高校二年生で、洛北高校にいました。もう一度戦争に巻き込まれるのかと。その前年の末ごろから、少しずつ変わり始めていたかな。高一は鴨沂高校にいましたが、従来の共産青年同盟にかわって、民青ができたのはちょうどその頃の筈です。同級生のなかに早熟な秀才がいて、その人物に相当な影響を受けました。何人もいますが、その人たちのことを思うと今でも複雑です。
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とありますが(p12)、この「早熟な秀才」のうちの一人は山崎正和でしょうね。

貝塚啓明「高校時代の山崎氏のこと」
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/870bf830dc3af322dda5bc681514da65
『舞台をまわす、舞台がまわる―山崎正和オーラルヒストリー』の聞き手について
https://blog.goo.ne.jp/daikanjin/e/13662e8ef0176473f8b171a050d97cbc

大山氏は共産党の活動で忙しかったらしい高校生活を終え、京大経済学部の受験に失敗して浪人した後、志望を文学部に変更し、

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五三年の春にようやく拾ってもらって京都大学に入りましたが、受験勉強の間に政治活動への興味はすっかり失せていました。学生はたいてい地方から出てきて、初めての学生運動で調子良くやりますね。宇治の最後の頃でしたが、ついていけなくて、何人かで運動をやめました。その続きで、次の一年間は、あてもなく仲間で京都の町をうろうろと彷徨していました。
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とのことで(p15)、大学に入ったら「運動」をやめてしまったというパターンも山崎正和と一緒です。
大山氏の語り口には乾いたユーモアが漂っていて、漫談風に流れるところもありますが、身分制の研究を始めるきっかけとなったという1969年の大阪市立大学での「糾弾会」あたりは、さすがに口が重いですね。

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竹永 大阪市立大学の経験というのは、関西の中世史研究者の間で共有されていたのですか。
大山 いや、そういうことはありません。解放会館での経験は、別に人に言ってどうということではないから、直接的な議論をしたことはありません。
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ということで(p30)、同時代の人とすら語らなかったのだから、今更若い人に伝えたいと思うような経験ではなかったのでしょうね。
1933年生まれの大山氏が身分制の研究をしようと思ったのは36歳のときで、意外に遅いといえば遅いですね。
有名な岩波講座『日本歴史』の「中世の身分制と国家」は1976年ですが、この論文を読んだ脇田晴子氏から「あんた、勇気あるな」と誉められ、本人も「この論文を出すときは、大げさに言うと、ひょっとしたら、俺も糾弾されるかもなと、そう思いましたよ。もうしようがないなと思って書いたことは事実です」云々と回想している事情は、現時点で当該論文を読んでも全然分かりません。
ま、当時は解放同盟と共産党の政治的対立が厳しく、「落合重信さんも、被差別民について中世に遡らせて歴史的に論じること自体が問題にされたと仰っていました」(竹永氏、p31)という状況があった訳ですね。
この後のメキシコ体験やインド体験の話も面白いのですが、いずれも非常に短い旅行体験であり、長期的に滞在していれば若干見方が違っていたのでは、という漠然とした印象を受けました。

>筆綾丸さん
>『江戸吉原の経営学』の著者
経歴だけ見ると、呉座勇一氏の『陰謀の日本中世史』に出てくる明智某氏にちょっと似ていますね。

※筆綾丸さんの下記投稿へのレスです。

閑話 2018/06/16(土) 12:49:00
http://kasamashoin.jp/2018/02/post_4102.html
あまり関係がなくて恐縮ですが、本日の日経読書欄に紹介されてました。
『江戸吉原の経営学』の著者(日比谷孟俊)は、妙な経歴の持ち主ですね。老後のライフワークでしょうか。
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