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祇園祭 宵々山

K6で下地を作って、宵々山に繰り出しました

 

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K6で、、、マディラワイン

にこらさんで〆にシェリーをいただいたので、K6ではマディラワイン

このあと宵々山に行ってみます

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西陣の「にこら」さん

大河ドラマ「光る君へ」の舞台の一つ「土御門第跡」から今出川通をバスで移動して西陣の「にこら」さんで夕ご飯
まずは黒ビールで喉を癒して、お決まりの三品から…
 
おきまりの3品 左から…
茹鶏と茗荷の梅肉和え
鮪の軽い燻製(レモンヴィネガードレッシング)
つるむらさきと干しイチジクの白和え、、、
 
次のお皿は 皮付きベビーコーンのオーブン焼き(パルメジャーノ)
 
こちらは、明石蛸と万願寺 中華香味炒め
たんなる蕎麦前というにはあまりに美味しいお料理に
自家製粉粗挽き十割手打蕎麦
 
 
〆にいただいたのが「PEDRO XIMENEZ(ペドロヒメネス)」
店主曰く「料理に使うんだからこんな良いものじゃなくてもいいんですけどね…やっぱりね☺️ 100%天日干しを行うワイナリーはこの蔵元だけとなったそうです‼︎
美味しくいただきました
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「光る君へ」の舞台の一つ「土御門第跡」へ

「さか井」さんで鱧をいただいてから、寺町界隈を散歩しながら、いまNHKの大河ドラマ「光る君へ」の舞台の一つ「土御門第跡」へ
 
平安時代中期に摂政・太政大臣となった藤原道長の邸宅跡で、拡充され南北二町に及び、上東門第(じょうとうもんてい)、京極第(きょうごくてい)などとも呼ばれました。
道長の長女彰子(しょうし)が一条天皇のお后となり、里内裏(さとだいり)である当邸で、後の後一条天皇や後朱雀天皇になる皇子達も、誕生しました。
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば」の歌は、この邸で催された宴席で詠まれたといいます。
 
寺町通の先の蘆山寺は紫式部の屋敷があったとされる候補地の一つで、御所にちかい梨木神社は花散里(はなちるさと)が住んでいた麗景殿女御邸や空蝉が住んでいた中川の家がここ(梨木神社辺り)だったのではないかといわれています。
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「さか井」さんで一服

道後温泉をあとに瀬戸大橋を渡り岡山で新幹線に乗り換えて京都に着いて、宵々山で賑わう長刀鉾を横目に高倉の「さか井」さんで一服。
 
「遅いからご飯ないけど少しだけつまんでく?」と聞かれ、鯖寿司をひと切れ分けてもらって、鱧の白焼きに舌鼓
 
 
最近置くようになったサッポロ・赤星で美味しくいただきました
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宇多津から、、、瀬戸大橋線へ

松山から岡山経由で京都へ向かう途中の宇多津で「いしづち」を切り離し、先頭になった特急しおかぜ14号の運転台の後ろに陣取って、「サンライズ瀬戸」では前方が見られなかった瀬戸大橋線へ 


天気がいま一つだったのが残念、、、


本州側の児島から先はトンネル区間で前方の視界確保のためブラインドを下ろされたので、かぶりつきはここまで
岡山からは新幹線で京都に向かいます。

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道後温泉をあとにしおかぜ14号で移動

道後温泉をあとに、松山10時21分発のしおかぜ14号で移動。前にも書きましたが、旅のお供は松山名物「醤油めし」


見た目は地味ですが、結構おいしい

元々JR四国の企画商品で松山から高松までの乗車券・特急券はついていたので、途中の宇多津から先の本四備讃線(ほんしびさんせん)から京都までの乗車券を別途購入

途中の波止浜付近からは「来島海峡大橋」

さらに進むと本来なら右手に四国最高峰の石鎚山が眺められる「伊予西条」には「四国鉄道文化館」があって、ホームに隣接する「北館」には0系新幹線やかつて四国で活躍したDF50、線路を挟んだ「南館」には手前にレンガ造の建物があって全体が見えないのが残念ですが「フリーゲージトレイン」も垣間見えました。

「新幹線の生みの親」十河元国鉄総裁の記念館もある「鉄道のまち」です。

予讃線と高知へと続く土讃線の起点「多度津」は、四国鉄道発祥の地とも呼ばれ、かつて四国を駆け抜けた8620形(58685号)が静態保存されていますが、錆が目立って保存状態は良くなかったのが残念

特急しおかぜ14号は次の宇多津で高松行のいしづちと切り離され、瀬戸大橋線へと進んでいきます。

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松山の朝は、、、鯛茶漬け

伊佐爾波神社(いさにわじんじゃ)から少し下った高台の宿からの松山市中心部。

年のせいか5時半には目が覚めてしまったと雨が小降りだったので、国宝の二王門がある札所51番の石手寺まで散歩。途中に山頭火や虚子の碑があるのは「文学のまち松山」らしくていいですね



宿に戻って朝ごはん。公立学校共済のチープな宿ですので朝ご飯は和洋のブッフェ形式ですが、松山らしく「鯛茶漬け」がいただけたのは嬉しかったな

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