仏典に説く国防
大蔵経典には「防衛」という語が111か所も出てきます。
・例えば大般涅槃経にはお釈迦様の舎利を守るために兵を厳重に配置し防衛守護したとあります(大般涅槃經卷下「還歸入城。起大高樓而以舍 利置於樓上。即嚴四兵。防衞守護」)。
・「大乗大集地蔵十輪経巻二・十輪品第二には
王は・・堅固なる城郭・村坊・戌邏・国邑・王宮、広く説かば乃至は舎・羅・鸚鵡・防守の衆具を安置して国土の損失することなからしむ。・・諸々の群臣とともに、四兵衆(馬・車・象・歩)を領して周巡して一切の自国の城邑・聚落・山川・谿澗・園苑・田澤・陂河・池沼・曠野・叢林・鎭邏等の處を観察し、彼の在る所の國界諸方の嶮阻多難にして營理するに任せず外境の怨敵惡友の投竄し藏れ伏するを容るるに堪ふるの疑あり怖れあらんに随って ・・其の力能に随って方便して種種の修理・堅固防守を安置して、彼の諸方をして平坦にして無難、營理に堪任し、其の外境の怨敵惡友を投竄藏伏するを遮するに疑いなく怖れなくして、自國の一切の人民を安撫し皆な衆苦を離れて諸の快樂を受けしむ。」とあります。あらゆる手段で国を守れということです。
・『長阿含・遊行経』には
「一つには、 国民は会合をして政治を語り、 国防を厳にして自ら守り、
二つには、 上下心を一にして相和し、 ともに国事を議し、
三つには、 国風を尊んでみだりにあらためず、 礼を重んじ義を尊び、
四つには、 男女の別を正し、 長幼の序を守って、 よく社会と家庭の純潔を保ち、
五つには、 父母に孝、 師長に忠、
六つには、 先祖供養を行い、
七つには、 道を尊び徳をあがめ、 徳の高い師の教えを仰ぎ、こういう師を厚くもてなすことである。
この七つの教えをよく守って破ることがないならば、 その国の栄えることは疑いがなく、 外国の侮りを受けることはないであろう。 」とあり、
・佛本行集経・樹下誕生品には摩耶夫人がお釈迦様を懐胎して父君の処へ里帰りされるとき、浄飯王は摩耶夫人の周辺を厳重に武装して護衛されます。「是時摩耶大夫人。身安然端坐大白象上・・復二萬の勁勇力士あり、一人當千・威猛捷健・端正絶殊にして能く強怨を破る。身の鎧甲を地著し、手に弓箭・刀杖・鬪輪及び諸戟矟・種種戰具をとりて夫人の後に随ふ・・・」この武装護衛がなければお釈迦様は無事お生まれにならなかったもしれません。
・佛本行集経・従国還城品にはお釈迦様が王子の時にお城へお帰りになるに際して武装兵が護ったと有ります。「・・四萬の歩兵壮士あり皆悉く勇健にして各千に敵し、幷に好丈夫にして大筋力あり、よく怨敵を破る。身に甲鎧を被り手に弓刀を執り、或いは鉄輪を把り、或いは戟槊を持ち・・・かくの如く次第に菩薩の後ろに在り・・」「そのとき一切の釈種眷属、四種の兵(車兵・馬兵・象兵・歩兵)を率ゐて菩薩を囲繞し・・」。
・佛本行集経捔術争婚品第十三には悉達太子があらゆる武芸に秀でておられたことを説いています。
・仏教には護法善神という武力で仏法を護る神々がいらっしゃいます。梵天や帝釈天等の四天王や金剛力士、八部衆、十二神将、二十八部衆、八大竜王、さらに阿修羅や鬼子母神、十羅刹女、八大夜叉大将、堅牢地神、風神雷神など、さらには本地垂迹の神や権現、雨宝童子など、すべての神々は武具・武力を持した護法善神です。また明王(五大明王・大元帥明王・愛染明王・孔雀明王・烏枢沙摩明王・馬頭明王・六字明王)もすべて戦いの神です。
・そもそも日本仏教導入の為に聖徳太子は毘沙門天に祈願して物部氏と戦っています。日本仏教は武力によって導入されたのです。
・『大般涅槃経』巻の第三「金剛身品 第五」に「善男子よ、正法を護持する者は五戒を受けず、威儀を修せずとも、応に刀剣・弓箭・鉾(きっさき)のある槊(ほこ)を持ちて自戒清浄の比丘を守護せよ」とあり、
・また「大乗大集地蔵十輪経巻二・十輪品第二には
「王は・・堅固なる城郭・村坊・戌邏・国邑・王宮、広く説かば乃至は舎・羅・鸚鵡・防守の衆具を安置して国土の損失することなからしむ。・・諸々の群臣とともに、四兵衆(馬・車・象・歩)を領して周巡して一切の自国の城邑・聚落・山川・谿澗・園苑・田澤・陂河・池沼・曠野・叢林・鎭邏等の處を観察し、彼の在る所の國界諸方の嶮阻多難にして營理するに任せず外境の怨敵惡友の投竄し藏れ伏するを容るるに堪ふるの疑あり怖れあらんに随って ・・其の力能に随って方便して種種の修理・堅固防守を安置して、彼の諸方をして平坦にして無難、營理に堪任し、其の外境の怨敵惡友を投竄藏伏するを遮するに疑いなく怖れなくして、自國の一切の人民を安撫し皆な衆苦を離れて諸の快樂を受けしむ。」とあります。
・大薩遮尼乾子所説經では軍備増強を説くとともにやむを得ない戦争は肯定しています
大薩遮尼乾子所説經卷第五では、大薩遮尼乾子(元ジャイナ教修行者・ここではお釈迦様の弟子)が嚴熾王の戦争に関す る問に答えたが、お釈迦様がその答えを正しいと証明されています。王の質問は反逆者や外国王が侵略せんとした時の対処を問うものでした。これ に 封 し 大 薩 遮 は 「先 ず 国 王 は 、危 機 の 初 期 、中 期 及、末 期 に分けて考え、危 機 の 初 期 に お い て は、戦 争 を す れ ば 双方 に害 が あ る が 益 は な いとして和 解 の 方 法 を 講 ず る。そ れ に は 反 逆 者 又 は 外國王の 親友 、信 頼 す る 者 又 は 高 徳 者 を 仲 介 と す べ き。 次に、若 し 敵 が和 解 に 應 じ ない 場 合 に は 、彼 の要求物 を 輿 え て 戦 争 を 阻止する。次には、軍 力 を増 強 し敵 に 恐 怖 心 を 起 こ さ し て 戦争 に 至 ら ざ ら し め る。こ れ が 危 機 の 初 期 に おい て採るべき措 置である。中 期 即 ち 以上の三方 法 を使 用 し て も 敵 の 戦 争 意 欲 を 停 止 す る こ と が不可 能 で あ る場 合 は
1、先ず敵は無益な殺生をしようとしているがこちらは人々を擁護するという決意をする。
2、あらゆる手 段を講 じ て敵を 降 伏 せ し め る努力をす る。
3、敵の自由を喪失せしめ戦闘不能にする。
以上の措置を講じても敵が戦争を仕掛けてくる場合はやむを得ない。戦闘に入る(当時の陣立てまで指導している)。
このようにすれば国 王の勝利は確実である。そ の 理 由は 五つあり。1、国王がやむを得ず開戦したことを兵がよく理解している。2は国王の徳に畏れて。3は自己を恥じるため。4は兵は有徳の國王であるため銃後の心配がないため。5には国王の徳に報いようとするため。
以上のようにして戦争し殺生した場合でも微罪/無罪ですむ。国王が諸般の手を盡したのちにやむを得ず国民を守るために慈悲心をおこしてした戦争であるから。」
(原典は以下の通り
大薩遮尼乾子所説經卷第五・菩提留支譯 ・王論品第五之三
「・・・若其國内に逆賊主ありて四種兵を具し與法行王國土に鬪諍し、及び外
國王來りて相い侵奪し大鬪を欲し四部兵を集め一切現前す。行法行王云何んが彼と共に鬪戰せんや。」答言。「大王。
行法行王當應に思惟すべし、三時中において三方に出て陣に入り鬪戰すべし。何等をか三時となす。謂く初入時、中入時、後入時なり。大王當知。初欲入時作方便者。行法行王。若し逆王を見れば爾時復三種の思惟をなせ。一は思惟す、此返逆王兵馬を所有し爲與我等爲に當に我勝べし。若し我等と共鬪戰せんには倶に損じ無益なり。若其れ我に勝てば彼活き我れ死す。如是念已。應に逆王所有親友及善知識を覓め、當に此鬪諍を和解滅せしむ。
二は行法行王。彼の逆王己と平等、及び己に勝つ力の者、心に自ら思惟すべし。應與に戰ざるにしかず。當に其もとめる物をあたえて鬪諍を滅す。
三は若し逆王が士衆眷屬朋黨象馬車歩四兵力を多有するを見、行法行王は士衆少なしと雖も、能く方便を以て大勇健難敵之相を現じ、彼逆王をして驚畏心を生ぜしめ以って鬪諍を滅す。如是を名けて初時中思惟三種方便之用となす。大王當知。
若以親友與物驚怖。如此三事。不能滅彼鬪諍事者。行法行王。爾時は復た三種思惟をおこし鬪戰に入陳せよ。
何等三種。
一は思惟すべし、「此返逆王は無慈悲心にして自ら衆生を殺す。餘人は殺者を亦た遮護せず、我今此のごとく相殺せざるべからず。此是の初心は諸衆生を護るなり。」
二は思惟すべし。「當に方便をもって逆王を降伏し、士馬兵衆與に鬪戰せざらん。」
三は思惟すべし。「當に方便を以て活繋縛取し殺害を作させざらん。」
此の三種慈悲心を生じ已って然る後に四種兵衆を莊嚴し、士馬を分布し、號令を唱説し、兵衆を簡選し、三品に分作すべし。上品中に上中下あり、上品を以て中下勇猛者を前に列在す。次に第二中品に健者を列す。次に上品に最健兵馬を列し兩廂に分在し、歩衆を護らしめ畏心を生ぜしめず。行法行王。在軍中に処するは、最上品象馬車と歩猛健衆とともに如是
に鬪に入るべし。何以故。能く大軍をして競進不退ならしむ五種の事あり。何等爲五。一は王に慚愧す。二は王を畏る。三は王意を取る。四は衆をして背後無畏ならしむ。五は國王恩を念報せしむ。如力如分。退轉を生ぜず能く勇戰鬪す。大王當知。行法行王。設ひ是方便で陣に入り鬪戰すとも、爾時復た衆生を殺害すと雖も、而も彼の王は輕微少罪を獲る。決定受に非ずして懺悔を受け能く滅す。何以故。彼法行王。入戰戦と欲するに先に三種慈悲心を生ずる故なり。此惡を作といえども罪輕微を得るのみ。決定受に非ず。大王當知。彼法行王は、衆をして生かさんがため、沙門を護して沙門法を護んがため、妻子族姓知識を護がため、能く自身及資生物を捨つ。如是業を作す。此の事に因るが故に、彼法行王は無量福を得る。・・・」)
・慈雲尊者は「十善法語」の中で「死刑」「国防軍」を肯定して殺生罪に該当せずとされています。それどころかお釈迦様は前世で規律ある軍を創設された功徳で悟りを開かれたとされています。「ここに一つ疑いが有るべきことじゃ。・・若し世間に在りて國の政を執に、其の盗賊徘徊し悪人徒党を結ぶ、此等の事もなしといふべからずじゃ。その時若し殺せば佛戒を軽んずるに似る。若し宥むれば政道立せず。人民の害となる。此二途何れに従ふべきぞ。此れは審諦に思惟すべき場處じゃ。経の中に、善心を以て悪人を殺すは、悪心を以て蟻子を殺すよりもその罪軽きとある。又國家に害あるものを殺すはその罪はなき、とある。罪のなきのみならず、その功徳を成ずとある。瑜伽菩薩地の戒本、正法念誦経等に開のあることじゃ。又涅槃経の中に、「大衆世尊に問奉る、仏の金剛不壊の身は甚深微妙なり、仏は過去世に在ていかなる善根を修して此の金剛不壊の身を得たまふ」と。世尊答ふ。「我過去世國王たるとき、正法を護持し道ある軍に立し故に、この金剛不壊の身を得」と。」(十善法語)
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