福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

福聚講・今日の言葉

2012-07-14 | お大師様のお言葉
夫れ釋教は浩汗にして際無く涯無し。
一言にして之を弊えば唯だ二利に在り(お釈迦様の教えの根幹はただ自利と利他にある)

常樂之果を期するは自利也。
苦空之因を濟うは利他也。

空しく常樂を願うも得ざるなり。
徒に拔苦を計れどもまた難き也。
必ず當に福智兼ねて修し、定慧竝べ行じて、いまし能く他の苦を濟い自の樂を取るべし。
定を修するに多途にして遲有り速有り。

一心の利刀を翫ぶは顯教也。
三密の金剛を揮うは密藏也。
心を顯教に遊しむれば三僧祇(三大阿僧祇劫)眇焉(はるか)なり。(顕教では悟りまで三大阿僧祇劫かかる)
身を密藏に持すれば十六生甚だすみやかなり(密教により金剛界曼荼羅の十六大菩薩によれば即身成仏できる)
頓が中の頓は密藏これに當る。(頓に成仏できるのは密教である)

是の故に無畏三藏は王位を捨てて味を忘れ(善無為は、王位をすてて寝食をわすれて修行にはげみ)
代宗皇帝は北極を屈して厭わず。(国王でありながらへりくだって密教を信仰した)
龍智和尚は八百にして不老。
崇惠禪師は邪を摧き傾くを支う。
法之不思議豈に斯の藏に過ぎん乎。

慕覺之徒願くは未だ聞かざるを聞け。

頌に曰く
法は行藏無し(法はかくれたりあらわれたりすることはない)
   人に隨って去來す、
   寶の得難きに似たり、
得るときんば則ち心を開く。
   身を半偈に投ぐ(雪山童子は諸行無常、是生滅法の後半偈を聞くために羅刹に身を投げた)
   豈に珍財を論ぜんや
孜孜として書寫す
   其來ること悠かなる哉
  願くは此の介福をもって(おおいなるしあわせをもって)
國泰らかに人蕃(さかえ)
   一たび聞き、一たび見るもの 竝びに悉く煩(煩悩)を脱せん。
入唐学法沙門 空海
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