第五 二門分別章
吾宗に於て機教相応門と教益甚深門との二種有て、一切の群機を摂し尽さずと云ことなし。是余教と大に殊なるところなり。就中上根上智の人は、五相三密の五層三密の瑜伽に住し、父母所生の肉身を転ぜず即身に成仏する。是を機教相応門の正機といふ、又下根劣慧の輩、一生頓悟の法門に遭ひながら、即身に成仏すること能はざれども、真言念誦の功力によって、順次に浄土へ往生することを得る。是を教益甚深門の機根とす。凡そ真言所被の機類多しといへども、摂すれば此二機を出ず。是故に興教大師は「真言門に依る機に幾種かある。答。二種の機あり。一には上根上智、即身成仏を期す。二には但信行浅、順次往生を期す。」と述べ給へり。されば機根は設ひ最劣なるも、此萬機普益の妙教に遭ひし宿縁の殊勝なるを歓び、教益甚深の不思議力にすがり、往生の正因なる光明真言を唱へ、浄土往生を願ふべきなり。
第六 無常迅速章
我等つらつら生佛迷悟の境界を案ずるに、諸仏は三平等を悟りて、萬徳の真城に住し給ひ、衆生は一真如に迷ひて六道の幻野にさまよふ。是を以て高祖大師は「迷へる者をば衆生と名け、悟れる者をば大覚と号す」とおおせられたり。究竟じて覚悟せざる間は、いずれも有為転変の棲にて、無為常住の台に非ず。故に聖者すら猶無常を示し給へり。凡夫何ぞ必滅を逃れん。誠に風葉の身は持ちがたく、霜露の命は消えやすし。無常の風忽ち扇げば春の朝に花を玩びし人も夕には北邙の煙となり、秋の夕に月を伴ひし輩も、暁には東岱の雲に隠る。一生の過ぎ易きこと幻夢に異ならず。萬事の實なきこと電光に相同じ。若しそれ命魂一たび此土を辞して泥犁に沈みなば、永く出離の期なからん。吁頼みなきかな此土の報命、怖るべきかな来世の業報や。かかる悲哀の吾人なれば、偏に後生の一大事を心にかけ、不思議の教益に身を任せ、唯朝な夕なに光明真言念誦相続して出離の要道を求むべきなり。
第七 所謂浄土章
密宗の教意は、生佛一助の観に住して、浄土を外に求めず、三密瑜伽の妙行に依て、成仏を一生に期す。此は是上根上智の機に応ずるの分にして、下根劣慧のものは一生の得悟、容易の談に非ず。是故に下根の者は偏に往生浄土を欣ぶべきこと肝要なり。但し、浄土は十方に周遍して、倶に無碍の境界なりと雖、専ら安養と都率の浄土を勧むることは、此土の衆生因縁深くして往生し易ければなり。然るに古より他家の人師等、浄土に勝劣を分ち、往生に難易を論ずる等、種々の量解をなせりと雖、みなこれ一隅固執の僻説なり。故に興教大師は「安養都率は同佛の遊処にして密厳華蔵は一心の蓮台なり。惜哉古賢難易を西土に争うこと、悦しい哉今愚往生を當処に得ること」とのべたまへり。そもそも吾宗の意は勝劣難易を論ぜざるを以て正義とするが故に。いかなる下根の人たりとも、一真言に信決定するときは、諸仏の加持に誘われて、自ら有縁の浄土に往生することを得るなり。依て浄土は何れなりとも人人の意業に任せ、唯諸仏の総呪たる光明真言を念誦相続して、偏執なく有縁の浄土を欣ぶべきなり。
第八 皆帰大日章
抑大日如来と申奉るは、十方諸仏の本地、三世種覚の尊主、
四十二地の所帰、二十五有の能度の尊にましますが故に、頓漸
の法門を施設し、利鈍の万機を摂取し給ひて一も漏し給ふこと
なし、凡そ仏陀神明数多ましますと雖、一仏一尊として、大日
如来の差別智身に非ざる無し、是故に大日如来を帰命し奉る時
は諸仏諸菩薩を帰命し奉るに異ることなし、又白浄信心を決定
して、真言を唱へ、往生成仏を欣ふ時は、一切の神明までも、
皆其本懐なりと思召し、真言念誦の者を守護し給ふなり、何と
なれば仏菩薩の大悲、一切衆生をして終に仏法に勧め入れしめ
んが為に、方便して仮に迹を垂れ給ふ所の神明なれば、皆悉く
大日如来を帰命する中にこもれる故なり、依て大日如来の御誓
願の中には弥陀如来の四十八願も薬師如来の十二上願も其他あ
らゆる諸仏諸菩薩の誓願本誓一として漏ることなし、是故に興
教大師は一切の仏菩薩の誓願本誓は此の大日の誓願に非ること
なし、故に又能く、彼の諸願を超ゆと述べ給へり、されば大日
如来の真実本願大潅頂の光明真言を唱ふる時は自一切の仏菩薩
の本誓に契ふが故に、道俗男女諸共に悉く密厳浄土へ往生せら
るゝこと疑なき者なりと諦信法定致すべきなり。(続)
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