第十二 大悲深重章
ああ我等は妄想の眠深し。流來生死の始、何れの時ぞ、輪廻日久し。菩提覚悟の終、いずれの日ぞや冥路より冥路に入りて、無碍の光明を失ひ、業海より業海に漂ひて、六趣にさまよふこと、車の廻るが如し。されば我等いかなる方便を以ってか、此輪廻生死を解脱すべき。唯偏に真言不思議の大悲教益に依るに非ざるよりは、争か此苦界を出離することを得ん。抑我等佛法に逢ひ奉るすら猶盲亀の浮木に遭へるが如き因縁なるに、況や大悲甚重なる真言教益に値遇し奉ることは,實に歓の中の歓、幸の中の幸なり。是故に生死を出離せんことは唯此時に在りと、深く大悲甚重の教益に信を凝し、平生往生の安心を決定せんことこそ、今世後世の一大事なれ。故に興教大師は「若善男善女ありて當に此の明を持誦せん者は、三業所有の一切の作業皆如法の實行と成り、六情所犯の十悪五逆悉く清浄の慧業に帰せん。故に在在処処に永く三途八難を離れ、生生世世に常に浄土の妙国に遊ばん」と仰せられたり。依て、四重八重の悪人も五障三従の女人も、此真言を唱ふる時は決定往生疑いなしと。一真言に他力の信を決し、行住坐臥に真言念誦相続して浄土往生を願ふべきなり。
第十三 回向勝他章
夫れ光明真言は大日如来大灌頂の神呪なるのみならず、又阿弥陀如来の心中秘密呪にして殊に諸仏菩薩の総呪なり。されば念誦の功徳も亦随って広大無辺なるが故に、設ひいかなる罪業深重の男女にても、此功徳を信じて唱ふる時は五智の光明に照らされて往生浄土の素懐を遂げんこと疑なき者なり。特に先亡得脱の為に廻向せんには、此真言に過ぎたる功徳あることなし。是故に経には「死者のために此経誦すること一遍せば必ず無量壽如来死者のために手を授けて極楽浄土に引導したまふ」と説き給ひ、興教大師は亡者の後世を助くる為には、光明真言最も勝れたり。勤めやすくして而も一定後世の助かる法なりと仰せられたり。既に先亡の為に唱ふる功徳すら是の如し。况や自ら唱ふる者は往生浄土疑ひなしと。密教値遇の良縁を歓びて、怠りなく念誦相続すべきなり。(続)
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