高齢化時代には「死ぬ力」も大切、という記事がありました。(開かない時は「日本医師会赤ひげ大賞 第3回受賞者・二ノ坂保喜院長」で検索)
古来日本人は常に死ぬ訓練をしてきました。「武士道とは死ぬことと見つけたり」といい、「千早振る神よりいでし人の子の 罷るは神に帰るなりけり」(古歌)と歌い、「阿字の子が阿字の古里たちいでて、また立ちかえる阿字の古里」(真言宗ご詠歌)といってきました。生きているうちに十三佛のご真言をあげ、阿弥陀如来を信仰し「南無阿弥陀仏」を唱え、逆修を重ね常に死ぬ覚悟を固めてきました。往生要集など死後のイメージ作りのために、死後の世界を之でもかこれでもかと書き込んでいます。
こういう死後の覚悟を持った日本人の生活が品格ある志の高い国民性を培ってきました。
しかしこの国民性は拝金主義、市場原理主義(最近では新自由主義)によってもろくも崩れ、諸外国からエコノミックアニマルといわれて久しくなりました。いまはエコノミックも駄目になり唯の「淫」「食」「経済」を求めるのみの「餓鬼」に落ちぶれてしまいました。
今翻って考えるに、世界有数の高齢化国家となった日本は、コロナ禍の中で再度、死ぬ覚悟を持った国民性を培い、品格のある昔の日本人に戻る良い機会を与えられたのではないでしょうか。そしてそれは大変容易なことでもあります。昔のご先祖を思い出すだけでいいのですから。