福聚講

平成20年6月に発起した福聚講のご案内を掲載します。

内藤湖南 聖徳太子・・3

2020-10-06 | 法話
太子の内政上の主義
 
 次には内政に就いて述べるが、これも太子以前の國内の事情を十分に理解せなければ太子の勝れた點がわかりにくい。太子以前の國情は大化革新の際の詔に見えて居る所で、昔から天皇等の立て給へる子代の民、處々の屯倉、別わけ、臣、連、伴造、國造、村主の保てる部曲の民と謂ふ樣なものが全國に充ち滿ちて、朝廷の官吏とも謂ふべき者の治める土地は至つて尠なかつた。殊に豪族は多くの土地を占有し、外交貿易の上にまで歸化人を利用して私の權力を張つて、殆んど朝廷と異ならぬ有樣であつた。然るに聖徳太子は其の時代に於て有名な憲法十七ヶ條を發布した。大體は今日の法文の如くではなく、訓令の體であるけれども、其の中には見逃がし難い立派な主張を顯はしたものがある。即ち第十二條に
國司國造、勿斂百姓、國非二君、民無兩主、率土兆民、以王爲主、所任官司、皆是王臣、何敢與公、賦斂百姓、(国司、国造、百姓に斂おさめとることなかれ。国に二君なく、民に両主なし。率土の兆民は、王をもって主となす。任ずる所の官司は皆是れ王の臣なり。何ぞ敢て公とともに百姓に賦斂せん。
とあるが、これは當時の如き氏族制度時代に於て、即ち各氏族が公民おほみたからの外に多くの部曲民を私有して居つた際に、斯の如き憲法に據つて、官司は皆王臣、人民は皆王の人民と謂ふ主義を發表したのは、非常に進歩した考と謂はなければならぬ。國史家の中には、之は公民だけに對したことで、部曲民を含んで居らぬと謂ふ説を唱ふる人もあつて、聖徳太子の主義を強ひて無力に解釋せむとしたりするが、百姓と謂ふことが二度も使つてあつて、其の上に兆民と謂ふ詞も同樣に使ひ、之を皆公民の意味に解釋して國史國造以下あらゆる官司の私有して居つたものも公民と認める意味を表はしたのは、決して狹義に解釋すべきものではない。之は最近の明治維新の版籍奉還と同じ意味を含んで居るものと謂つてよろしいのである。
 尤も聖徳太子の斯の如き主義を思ひつかれたのは、支那の秦漢以來の政治にも通曉して居られた爲でもあらうが、或は又た隋代の政治改革を既に知つて居られて、それに倣はれたものと推測し得ることもある。隋の文帝は魏晉以來の名族專有の政治を改めて郷官を廢し、後の科擧制度の端緒を開いた人であつて、支那の政治の歴史には重大な關係を有つて居る人である。聖徳太子の憲法發布は妹子の遣隋以前に在るけれども、いづれ遣隋以前に隋の國情をば出來るだけ調べられたことであらうから、隋の政治改革をも知つて居られたかも知れぬ。さうすれば此の憲法の趣意は益々以て天皇の大一統主義と解釋すべきものであつて、今日の日本の國體の起源を開いたのは太子であると謂つてよろしい。唯太子は此の主義を實行するに至らずして早世し給ひ、後に三十年程を經て大化の時に主として天智天皇が之を實行せられたので、其の功績は孝徳天智の兩天皇に歸すべきであるけれども、兩天皇の改革は聖徳太子の宏遠な理想規模に據つたことは疑の無いことで、之は單に其の主義から謂ふばかりでなく、大化革新の主なる參謀であつた人々、南淵請安、高向玄理、僧旻など謂ふ人々(注)は、皆聖徳太子が妹子につけて隋に遣はした留學生である。天智天皇にしても藤原鎌足にしても、此等の新智識が無かつたならば、決してあれだけの破天荒の鴻業を爲すことが出來なかつたであらう。して見れば大化革新の功績は其の主要な部分を、やはり聖徳太子に歸せなければならぬ譯である。
 

(注)

南淵請安・・推古16(608)年9月隋の使者裴世清が帰国時に大使の小野妹子、高向玄理,僧旻らとともに,国書を隋帝に上奏するため,遣隋使の留学僧として渡隋。32年間中国に残り,舒明12(640)年に,高向とともに,新羅,百済の朝貢使を率いて唐から帰朝。中大兄皇子(天智天皇)と中臣鎌足(藤原鎌足)は,南淵請安に儒教を学ぶ往復の途次に,蘇我氏打倒の謀議を行なったといわれる。『日本書紀』に「南淵漢人請安」とあり,漢人系の渡来人とされる。

 

高向玄理・・数奇な運命。32年間中国に止まり南淵請安等と帰国した後、大化の改新後、旻と共に新政府の国博士。大化2年(646年)遣新羅使として新羅に赴き新羅から人質として新羅王子・金春秋を伴って帰国。白雉5年(654年)遣唐使の押使として唐に赴き長安に至って3代目皇帝・高宗に謁見するものの病気で客死。

 

僧旻・・大化の改新ののちに、高向玄理とともに国博士に任じられ、大化5年(649年)高向玄理と八省百官の制を立案。

 

 
 
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