日々の恐怖 8月15日 街の掟
そこは横浜の有名な繁華街に程近く、朝に手配師に拾われなかったアブレや、追われて行き場を失った人達がひっそり生活している街。
タバコのばら売り、靴の片売り、中古の足袋や軍手、ワンカップを買うと沢庵の尻尾が付いてきたり、煮込みには何が入ってるか分からない。
毎年冬場には無念の想いで亡くなる人も多く、地元の人は避けて通るような所だった。
自分は当時勤めていた会社や人間関係に嫌気がさし、いつしかこの街に通うようになってしまった。
そんな人達に混じりテレビを観ながら街頭賭博をしてた頃、背後に見慣れない姿の人が立っていた。
僧侶である。
衣はボロボロで垢だらけ、素足に長い錫杖、首には大きな木製の数珠が掛けられていた。
この街で托鉢など見たことは無かったが、素足がやけに気になった。
どんなに酔いつぶれていても、サンダルや靴ぐらいは皆履いている。
そしてこの僧侶、人懐っこく周囲の者に何かを話し掛けているのだが、皆無視をしているのか、通り過ぎるばかりで足を止めようとしない。
そんな光景をぼんやり見ていると、自分に気付いたらしく近寄って来た。
背丈は小さく160センチ位で60歳ほど、顔は皺だらけで真っ黒、異臭を放っていた。
博打をしている連中を指し、
「 これは何をしてるのか?」
と聞いてきた。
自分は警察の囮捜査かと直感し口を噤んだ。
この街の掟みたいなもので、分からなければ見て覚えろ、聞いちゃいけない、と言われた通りにするしかなかった。
相棒を肘でこづき、変なのがいる事を伝えようとして振り返ると、砂が風にさらわれるように足元から消えて無くなった。
一瞬の出来事だったが、まだ異臭は残っていた。
それを告げると、誰一人見たものは無く、後から聞いた話には、この街には僧侶の姿の貧乏神が住んでいるらしい。
人の運をさらって行き、最後には絶命に追い込む悪い神らしいが、偶然その姿を見た者には幸運が訪れるらしい。
それで、現在の自分だが、それから10年、紆余曲折あったが、数人の人を雇えるほどの飲食店を経営している。
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