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日々の恐怖 8月23日 右目の他人

2014-08-23 20:43:06 | B,日々の恐怖



   日々の恐怖 8月23日 右目の他人



 俺は視力が左右で結構違う。
小さい頃に事故でぶつけてそうなったんだけど、それが原因で斜視になるときがある。
意識して両目で見ているとそうはならない。
でも、ふと気を抜くと、よりよく見える左目だけで見ようとする。
 視力のバランスが取れていない人間にとっては、両目でものを見るのは意外と疲れることだったりする。
視力の悪いほうをいいほうに無理矢理合わせるわけだから、眼筋が疲れる。
この逆は割と楽なんだけど、そっちに慣れるとせっかくいいほうの視力も悪くなるのでしないようにしている。
 例えば、パッとなにかに注目するときは、高確率で片目で見ている。
それと、新聞や雑誌の小さい文字を読もうと集中したときにも片目になる。
片目と言っても片方目をつむるのではなくて、よく見えるほうの目に無意識に意識を合わせる、という感じ。
 意識を合わせていないほうの目にも当然景色は映っているし、ダブって見ていることになるのだが、まったく意識していないので、気にならないし記憶にも残らない。
そういうときに、見ていないほうの目はどうなっているかというと、外側を向く。
あさってのほうを向いている。
 鏡や写メで確認したが、これは自分で見てもなかなか気持ちの悪い表情だ。
だから、他人と一緒にいるときや外出しているときは、めちゃくちゃ気をつけてそうはならないようにしている。
他人を不愉快にさせたくはないし、奇異の目で見られるのも嫌だから。
 そして、それは鏡を見ているときに起きた。
鼻毛が出ていないかチェックしたり、眉毛を整えたりした経験は誰でもあると思うが、ああいうのって意外と集中する。
毛って小さくて細いし、見えづらいところに生えていたりするとかなり集中してしまう。
それで、俺の場合は斜視になる。
 普通はそういうとき、よく見えるほうに意識を集中するから、もう一方の視界はまったく気にしない。
それに、斜視の側が外側を向くとはいっても、顔の方向的には同じ方向を向いているんだし、ほとんど同じ物を両目とも見ている。
だから、斜視側が見えていなくても視力のいいほうできちんと見えている、という安心感があるから、普段は気にならない。
でも、そのときは違うものが見えた。
 鏡の中の、斜視側のおれが、もう一方のおれとは違っていた。
目にゴミでも入ったかと、目をつむったり軽くこすったりしてみたあと、もう一度見てみる。
 それで、よく見てみるとやっぱり違う。
なんか動いてる。
というか、違う動きをしている。
 斜視側はもう一方より視力が悪いんだから、少しぼやけて見えることが普段からある。
でも、多少ぼやけていようが暗く見えたりしようが、見ているものが違う動きをするなんてことはありえない。
鏡見てて鏡のおれが左の眉毛をクイッと上げたら、右目左目どっちで見ようが、左の眉毛をクイッと上げて見えるはずだ。
 でも、なんというか、少し遅れて見える。
それで、普段は意味が無いからやらないんだが、斜視のほうに意識を合わせて見てみた。
視力の悪いほうだから、当然ぼや~っとして見える。
 その後、そのまましばらく顔の表情をいろいろ動かしていたら、視線がずれた。
鏡のおれと現実のおれが、違う方向を見たような気がした。
よく見てみようとして、始めのほうで言ったように、思わずパッと視力のいいほうに視界が切り替わった。
 そうすると、今は外側を向いているはずの斜視側の目がこっちを見て、目が合った。
そしたらそいつが、バレちゃったみたいな顔して、一瞬だけほんの微かに笑ったような表情になった。
 自分で見たものが信じられなくて、ギューっと目をつむってバチバチバチっと2、3度強めに瞬きをして、今度は両目で見てみた。
そしたらもう、何度眺めても見慣れた自分の顔だった。
 あれ以来、鏡や電源を切ったあとのTV、ガラス窓など映るものの前で、絶対に斜視にならないように気をつけている。
これだけだと、なんだそれだけかと思うかもしれないけれど、“誰よりもよく知ってるはずの自分の顔が、自分のものではなくなった”という感覚は、なんとも嫌なものだった。












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