日々の恐怖 7月26日 蟹生(1)
田中の実家はなかなかの山の中にある。
家の裏には小さな沢があり、子供には良い遊び場だった。
沢にはサワガニがたくさんいた。
唐揚げにすると美味しいのだが、田中は食べたことがない。
何故なら、その場所でサワガニを採ったり、あるいはいたずらに捕まえておもちゃにすることを、固く禁じられていたからだった。
禁じていたのは、田中の祖父だった。
祖父はその理由を、よく田中に話してくれたというが、それが不思議な話だった。
「 じいちゃんは子供の頃からな、自分がカニになった夢をよく見てたんだ。」
「 カニ・・・?」
「 沢にたくさんいる、あのサワガニにな。
じいちゃんはこの歳まで人間として生きてきたが、多分半分はあのサワガニなんだ。
夢の中ではカニとして、卵から産まれ、小石の下で小魚やヤゴに怯えながら大きくなり、やがてメスとつがいになって卵を産んでもらった、そんな人生を過ごしてきたんだ。
人生じゃないな、蟹生だな。」
幼い頃からその話を聞かされてきた田中は、もちろん本当にその話を信じているわけではなかった。
それでも祖父が話してくれる、水中に朝日が差し込む美しさや、ヒキガエルに追い回され命からがら岩陰に潜り込んだ話などは、本当に体験したかのようにリアルに感じられたようだ。
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