日々の恐怖 7月29日 蟹生(2)
ある年の冬、祖父は風邪をひいて寝込んでしまった。
咳をすることも滅多にない健康体だったため珍しく思っていると、祖父は枕元に田中を呼んだ。
「 夢を見たんだ。
カニの姿で昼寝をしていると、突然大きな音がして、訳も分からぬうちに体が宙に浮いた。
暗闇に包まれる一瞬前に、鋭い嘴が見えてな。
あぁ、サギに食われるんだ、とわかったよ。
そこで目が覚めた。」
祖父は田中をジッと見つめて言った。
「 カニのわしが死んだということは、じき、人間のわしも死ぬということだ。
後のことは頼んだぞ。」
「 何をバカなことを言ってるんだ、たかが風邪くらいで弱気になるなよ。」
田中は笑ってそう励ました。
しかし一週間後、祖父は風邪が肺炎へと悪化し、あっけなく息を引き取った。
「 祖父の話の真偽のほどは、今となってはわからない。
でも俺は、あれからというもの鳥のサギを見ると無性に腹が立ってね。
じいちゃんを食いやがってこの野郎、と無意識に思うんでしょうね。
サギからしたら迷惑な話でしょうが・・・・。」
田中は苦笑してそう言った。
「 実家の近くには、まだサワガニがいる?」
「 ああ、たくさん棲んでいますよ。
このどれかが祖父の子孫かと思うと、なんだか感慨深くてね。
なにしろ、そのカニは俺の叔父や叔母や、従兄弟かもしれないんだから。」
冗談めかした台詞に、田中も私も笑った。
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