日々の恐怖 8月18日 ばばちゃ(2)
またある時、祖母の夢枕に立つものがあった。
それは数日前に死んだ近所の女性だった。
祖母とは茶飲み友達で、生前はとても仲が良かったという。
「 おう、なにしよっとるか。
おめえ、死んだろうが。
なにをこんなとこに残っとる。
ちゃっちゃと川渡らんと駄目だでに。」
そう言ってみたものの、幽霊はそこに立ち続けている。
祖母はむうっと顔をしかめて怒鳴り付けた。
「 おう!さっさと逝かんか!
あんま迷っちると、おめえ、ただじゃ置かんで!
こうして、こうしっちるで、覚悟しとけど!」
ぶんぶんと拳を振り回す祖母に恐れをなしたのか、幽霊はささっと消えてしまった。
「 ばばちゃはなあ、あれは、こわいもんがなかったんだなあ・・・。」
私が小さい頃、祖父は何度もそんな風に言っていた。
祖母は、私が生まれる前に亡くなっていた。
だから私は、祖父の語る話でしか、祖母のことを知らなかった。
「 むか~し、まだちいこいころにな、神様のところにお嫁に行けっち言われた時も、そりゃあもう暴れて暴れてなあ。
神様のお社行って、ボロクソに怒鳴りまくっとったで。
結局、お嫁に行くっち話はパアになったでな。」
「 代わりに、じじちゃのとこにお嫁に来たんだね。」
「 そうだで。
ありがてえやら恐ろしいやらで、祝言挙げる間、震えっぱなしだったなあ。」
祖父の語る祖母は、いつも強く、怖いものなしだった。
迷いがなく、堂々とした有り様の人だった。
湿っぽい話などひとつも聞いたことがない。
「 ばばちゃはなあ、死ぬ瞬間までそんなだったで。
最後まで怒ったり笑ったり、忙しくっちなあ。
そんで、ぽっくり逝っちまった。
ろくに、お別れもできんかった。
あれっきり、化けて出てもこねえで。
一回くらい、化けて出てくれたって、いいだろうに・・・。」
涙まじりにそんなことを言っていた祖父は、その数年後に死んだ。
川の向こうで、再会はできただろうか。
さっぱり化けて出てこない祖父のことを思うと、なぜだか少し笑ってしまう。
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