日々の恐怖 5月27日 沈丁花(2)
祖母は驚いたように顔を上げ、私だとわかると大げさに胸を撫で下ろしました。
「 あぁ、たまがった。
たまちゃん、今帰りかえ?」
「 うん。」
「 また、山の道通ってから・・・。
イノシシが出るで。」
「 こんな昼間から出らんちゃ。」
不審者よりも、野生動物を心配するような土地柄と時代でした。
祖母の真似をして、私も隣にしゃがみこみました。
祖母が何故そうしていたのか知っているからです。
道端には小さなお堂がありました。
壁はブロック、屋根はトタン、高さは1メートルもないような粗末なお堂で、中には石造りのお地蔵さんが二体入っています。
素人が石を削って手作りしたような、ぼんやりとした顔のお地蔵さんです。
赤い頭巾もよだれかけも、すっかり色褪せています。
ですが、このお堂にはいつも新しい花が飾られ、お供えのお菓子もしょっちゅう取り替えられていました。
このあたりの年配の女性は、まるで自分たちの孫のように、この古びたお堂のお地蔵さんを可愛がっているのです。
目を閉じて手を合わせていると、ふとまた、沈丁花の香りが鼻をくすぐりました。
薄目を開けると、お堂のすぐ脇で、白い手毬のような花が満開になっています。
すると、まるでその香りに呼ばれたように、頭の中にある映像が浮かんできました。
それは子どもの頃、ここで何人かの友達と遊んだ記憶です。
7人の子どもたちが手をつなぎ、道路で花いちもんめをしています。
” 私、ふたりの兄、次兄の同級生の井上くん、あとの3人は、誰だったっけ…?”
記憶の中には、お堂の横で私たちを見守る祖母の姿もありました。
そこで私は、顔を上げて祖母に尋ねます。
「 昔さ、ここでよく遊びよったっけ?
そのとき、お兄ちゃんたちでも井上くんでもない、知らん子がおらんかった?
今、なんか急に思い出したんやけど・・・・。」
祖母は驚いた顔をして、
「 あんた、よう覚えちょったねぇ・・・・。」
と感心したように言いました。
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