日々の恐怖 2月22日 佐藤さん
親父から聞いた話です。
親父が大学3~4年の間、男3人で小さくて古い一軒家を借りて住んでいた。
といっても、家賃をちゃんと払ってるのは親父と鈴木さんだけ。
もう一人の佐藤さんはあまりにも貧乏なので、居候させる代わりに家の掃除、
ゴミ出しなどをやってもらうことにしていた。
親父と鈴木さんは、佐藤さんの困窮ぶりを助けてやろうということだったようだ。
間取りは3LDKで、LDK6畳・6畳・6畳に4畳半。
佐藤さんが4畳半。
この佐藤さんの4畳半に出た。
親父も鈴木さんも何度も見たのが、恨めしそうに正座する白髪の老婆。
出るタイミングも朝昼晩関係なし。
多い時には一日に三回くらい見る。
4畳半の襖が開いている時、何気なく目をやると、中に白髪の老婆が恐ろしい形相で正座している。
来客の中にも見た人が5人ほどいたらしい。
ところが、その部屋で寝起きしている佐藤さんだけは、老婆の幽霊を見ない。
親父と鈴木さんが、
「 佐藤、変なもの見たことないか?」
というと、佐藤さんはきょとんとするばかり。
引っ越して1ヶ月し、親父と鈴木さんが黙っているのも悪いと思って、老婆の幽霊を佐藤さんに話した。
すると、佐藤さんは、
「 う~ん・・・・・。」
と考えてから、みかん箱を部屋の中に置いて、上にワンカップを置いて、
「 先に住んでいるおばあさん、ごめんなさい。
でも、俺は貧乏だから、どこにも行き場がない。
だから、申し訳ないけど、大学を卒業するまでは、この部屋に住ませてもらえないでしょうか?
毎日お供え物をするのは無理だけど、田舎からお茶とお米だけは送ってくるので、それだけは供えます。
バイト代が入った時には、お花を一輪と、ワンカップをひとつ買ってきます。
どうか、よろしくお願いします。」
親父と鈴木さんは、
” なに、やってんだろうな、こいつ・・・・・。”
と思ったが、佐藤さんが真面目にやっていたので、一緒にそのみかん箱に頭を下げた。
以来、老婆の霊は出なくなった・・・・、わけではなかった。
相変わらず、老婆の霊は出た。
しかし、佐藤さんがみかん箱に毎日お茶を置き、ご飯を炊いたら一膳のせを繰り返しているうち、
1ヶ月ほど経ったら老婆の霊は、痩せこけた恨めしい姿から、ふくよかな微笑みをたたえた表情になっていった。
ただし、やっぱり佐藤さんにだけは見えなかったらしい。
やがて親父たち3人は就職試験を受け、それぞれが望む職に就き、引っ越す日が来た。
遠方に住む大家さんに話をすると、親父たちが引っ越したらその家は取り壊してしまう予定だから、
特に大掃除などはしなくていい、という。
それでもやっぱり2年間お世話になった部屋だからと、最終日それなりに掃除を済ませると、もう夜中になっていた。
3人が最終電車に間に合うようにと玄関を出て、最後に揃って振り返ると、佐藤さんが、
「 あっ!」
と声を出した。
「 お前らが言っていたおばあさんって、あの人か?」
” やっと佐藤にも見えたか!”
と、親父と鈴木さんも見たが、おばあさんはどこにも見当たらない。
「 ほら、あそこ。
俺の部屋で手を振ってるよ。
ありがとう、おばあちゃん!」
そして、親父と鈴木さんが見えたのは、家の屋根からスゥーと上っていく人魂だった。
人魂は、佐藤さんには見えなかったのが不思議です。
今から30年前、東京都板橋区でのお話でした。
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