ヴェネツィアでは階段が登場する名画に何度もお目にかかった。その一部を紹介しよう。
アカデミア美術館にある「聖母の神殿奉献」。3歳時のマリアが両親に連れられてエルサレムの神殿を訪問する場面。ルネサンス時代「画家の王」と称されたヴェネツィア絵画の第一人者ティツィアーノの作品だ。
絵の下部がでこぼこになっているが、これは美術館の前身であるカリタ同信組合の宿泊所サロン時代に、その戸口の配置に合わせて描いたものがそのままの状態で残っているためだ。
15段の高い階段を一人でちょこちょこと昇って行く少女マリアの姿が、愛らしく描かれている。石の階段の硬さがマリアの柔らかさを対照的に引き立てている。
こちらも同じ題材の「聖母の神殿奉献」だが、作家はティントレット。マドンナ・デ・ロルト教会の作品だ。こちらは光と影のドラマチックな場面を得意とした画家らしく、神殿に参る幼子マリアを夕方の時間帯に設定している。上空の空が赤味を増す中、高い階段を母に手を添えられて昇ろうとするマリア。母子の信頼と愛情をほうふつとさせる情景が、印象的な光の中に描かれた。
その姿とよく似た光景を、リアルト橋で見つけた。母子の姿がとても微笑ましかったので、ついシャッターを切った1枚だ。
こちらも「聖母の神殿奉献」。サルーテ教会のルカ・ジョルダーノの作品だ。同様にかなりドラマチックな構成だ。相当急な階段で、子供の足ではなかなか昇れなさそうな急坂だが、マリアは、もう間もなく階段を昇り終えそうなところまで達している。
やはり後に聖母となる人の強い精神力を、あるいは信仰の力をそれとなく表現しているのだろうか。
このように、同じ題材でも画家によってかなり変化のある作品に変わって行くことが面白い。そして階段もそれぞれに独創性を発揮したものになっている。
最後にジャンバティスタ・ティエポロの「ロザリオの制定」。ザッテレの海岸沿いにあるジェズアーティ教会の作品だ。ドミニコ修道会の創始者である聖ドミニクスがロザリオを掲げて異端者たちを追い払うという奇蹟の場面。ドミニクスは階段を昇り切った壇上に立っている。
異端者たちはドミニクスの威光に恐れおののき、階段を転げ落ちるように倒れ込む。極端な仰視法で描かれた絵の中で、階段が見事な効果を発揮している。