2021年2月21日(金)
河後森城の曲輪群は馬蹄状になってます。
中央部の本郭を境にして東尾根と西尾根に段々曲輪群が並ぶ
西尾根曲輪群を下ってます。
西第六と第七との間の薄い薄い堀切土橋
第7から第9へは第8を飛び越えての大きな階段がある。
第8は帯曲輪兼馬出虎口的な性格があるのかな?
素人の我が輩はわからない…
第9から第10へも階段で移動
そして、
11時56分、
「西第十曲輪」
先端部にあり谷の入口を見張る大きな曲輪。
門がある。
下には帯曲輪があります
薄い堀切土橋も見える
↓こんな感じ
ここで初めて曲輪を囲む土塁が登場しました。
低いです。
解説板によると完全な復元ではない。
高さも幅もわかっていない、
ということなのであくまでも想像の土塁です
土塁は古い時代のもので後に土塁を取り払い長屋風の多聞櫓が築かれた、そうな。
防御方法に時代差があるというわけです。
現代の多聞櫓?
柵があるため下に降りられない。
↑柵のすき間から下の堀切と曲輪を見る
中央に「馬屋」復元
柱の列が正確なので番匠と呼ばれる建築の専門工人が造った建物だとか?
2つの建物が確認されたが建て替えられたもので同時期に存在したわけではない、という。
馬屋の所で
百名城スタンプGET!
ノートに記帳した
門から西第十曲輪を見る
河後森城と宇和島城の門の違いについての解説板
感心!感心!
この後、門からの通路を下って風呂ヶ谷へ向かい、柵の下の堀切・竪堀群を見に行きます
次回へ続く~
馬《●▲●》助ヒヒーン♪