2008/09/23
ぽかぽか春庭やちまた日記>犬も食わない(1)天丼バトル
2007年12月09日の日記より。
2007/12/09
年末恒例の、合唱を聴きに、東京芸術劇場へ。
ジャズダンスサークルの友人が参加している市民合唱団のコンサート、今年は「ソロなし、合唱部分だけの曲に編曲された第九歓喜の歌」「千の風になって」など、多彩なプログラムを楽しんだ。
2時間のはずだったが、指揮者の先生ノリノリで、40分もオーバーする大熱演だった。
演奏会がおわって、西口から東口へまわった。ジュンク堂で日本語教育の本をさがす。うまい具合に2冊見つかった。自分用でなくて、中国でお世話になった大連のハンさんに贈るための本。中国では手に入らないとメールがきたので、ちょうどクリスマスプレゼント用の包装をしていたので、私の大好きなピーターラビットの紙で包んでもらった。
5時半にジュンク堂のそばにある天丼店に入った。ひとりで外食するとき、私は1におすし、2に天麩羅、3にラーメン4にカレー5つが蕎麦で6牛丼、というラインナップ。
12月9日のコンサートのあと、てんやに入って天丼を注文した。
私が食べ終わる頃、となりに若夫婦と3歳くらいの男の子が座った。日曜日のファミリーレストランは混んでいるだろうから、子連れで天丼というチョイスになったのか。
奥さんがメニューを見ている間に、ダンナは財布から5千円と千円札で1万ぶんくらいを出し、奥さんの前に並べた。天丼の支払い分なのだろう。奥さんメニューを見ていて、お金をすぐにしまうこともしない。
ダンナは「金、しまえよ」という。奥さんしまう。
「ありがとうの一言もないのか」
「なんで、あなたがお金をだすとき、いちいちありがとうって言わなきゃなんないの?私がお金出すとき、あなた、ありがとうって言った?」
「どうして、そうなるんだよ、いっつも、オレをイラつかせるんだな」
「自分でイラついてるだけじゃない、私のせいにしないでよ」
ここから、メニュー選びそっちのけのバトルが展開した。
男の子は途中で「うどんがいいな」と言っただけで、ずっと黙っている。両親の険悪なことばのやりとりに、小さな心を痛めているに違いない。子どもは両親の不仲にすごく敏感なものだ。
「おれは、もうたくさんなんだよ。いつもそうやって人を束縛してさ、おれだって人生楽しみたいんだよ。どうして、いちいちオレがいくらつかったか、だれとどこに行ったか、おまえに報告しなくちゃならないんだよ。おれには人生ないわけ?」
「そんなこと言ってないでしょ。あなたは勝手に楽しんでるじゃない」
「オレにもひとりの時間が必要なんだよ。家にいたら、ひとりでいる時間なんかないじゃないか」
「じゃ、なんで結婚したのよ、家族を持つってことはそういうことでしょ」
<つづく>
2008/09/24
ぽかぽか春庭やちまた日記>犬も食わない(2)再現ドラマ
天丼屋の若夫婦バトルつづき。
「こんなに束縛されるもんとは思っていなかったよ」
「みんなそうだよ。結婚したら、これがフツーだよ」
「どこがフツーなんだよ」
「あなたの親に聞いてごらんなさいよ、なんて言うか」
「オレの親が、こういうのがフツーだっていうと思っているんかよ。フツーじゃないって言ったら、納得するんか」
「だから、そういうことを言ってるんじゃなくて、結婚したんだから、あなたは」
「だいたい、なんで、こずかい5万円渡されて、おまえがオレの稼ぎを全部支配するわけ。お仕着せで5万よこされて、あてがいブチみたいにさ。オレは、全部を自分で管理したいって言ってるだけだろ。生活費渡して、自分のこずかい管理して、残った分があったら、またオマエに渡せばいいだけだろ。それをどうして最初からおまえが全部管理するわけ」
という具合に、延々つづく。奥さんはメニューを手に持ったまま。
たぶん、店員も注文がいつくるかと、聞き耳を立てている。
私は聞き耳立てているわけじゃないけれど、隣のテーブルだから、やりとりは全部聞こえる。
なかなかの美男美女。ジーンズをはいたダンナは25歳くらいか。奥さんも若い。
奥さんの実家に住み、家は奥さんの名義らしい。奥さんの両親が、二世帯住居か、またはごく近所というところにいるらしい。
「オレは、おまえが資格とれとかいうから、一生懸命とってさ、それでも自分の自由になることなんかひとつもなくて、もう、人生をひとつも楽しめないわけ。束縛されて、自由がなくて、こんなの人生じゃないよ」
「でも、結婚を決めたのは、自分でしょ」
「おまえがこんな融通のきかない、人を縛り付ける女とは思わなかったよ。もっと自由にさせてくれて、かわいげがある女かと思っていた」
なんだか、再現フィルムを見ているような気になった。
25年前、同じようなケンカを繰り返していた私と夫の再現フィルム。
この「天丼食べにきた夫婦」とは、違うところもある。
私は夫が稼いできたお金を管理しようとしたことなどなかった。夫が稼いでくることなどなかったから。
夫は、自営の会社をつぶさないようにすることだけでせいいっぱいだった。生活費をまともにもらったことなどなかった。
「妻の実家が立ててくれた家」に住んでいる、というこの天丼若夫婦と違って、公団の2DKに住んでいたから、家賃は溜まる一方だった。
「クリスマスには、娘といっしょに過ごしてやってほしい」と、生まれて8ヶ月の娘を抱いて言ったら、「そんなことで家族に縛られてすごしたくないんだ」と、怒って家に帰ってこなくなった。
<つづく>
2007/09/25
ぽかぽか春庭やちまた日記>犬も食わない(3)再現ドラマ四半世紀前
友人との忘年会に出る時間はやりくりして出席しているじゃないの。だったら、娘といっしょの時間も作ってほしかった。それなのに、「年末で仕事がつまっているのに、クリスマスなんかやってられるか」という夫だった。
娘のためにプレゼントやケーキを買ってほしかったわけじゃない。ただ、娘を囲んで年末にささやかな「家庭の幸せ」をかみしめてみたかっただけ。
結局25年間、夫は、クリスマスも子どもの誕生日もただの一度も、家族といっしょに過ごすことはなかった。
もちろん子どもの運動会や学芸会も無視。息子や娘が主役を演じた学芸会、「お父さんに見てほしいなあ」という子どもの願いも「仕事がいそがしい」のひとことで却下。
そんなに忙しい仕事は、働けば働くほど赤字になる自営の零細会社。
今は、事務所に泊まり込みの夫に、子どもたちも慣れてしまった。今では、事務所にアルバイトに行くのが子どもたちと父親の接点だ。
男は結婚すると「自由がない」「束縛されている」と、感じるものなのか。
「それがイヤなら結婚しなければよかったでしょ」と天丼屋のテーブルで、若い奥さんがいう。
「じゃ、離婚するさ」と、若い旦那がいう。
私など、結婚してから2年間に3回も夫から「もう、離婚したい」と、言われた。
天丼屋での若夫婦のやりとりを聞いていて、25年たったらこの夫婦はどうなっているのかなと思った。
別れるかもしれない。ダンナは「リコン」を口にしていたしね。奥さん、実家が金持ちそうだから、リコンしても困らないのかもしれない。
我が家のように、仕事場にこもりきりの夫を「収入はなくても、彼なりに働いているのだから」と、認めてあげて、「家庭を顧みない夫」のままになるのかもしれない。
子どもからも「ひとりで生きているつもりなんでしょ」と、ほっておかれるのかもしれない。
「オレの人生に自由って、もうないわけ!」と、息巻いていた若いご主人と、「そんなこと言ってるんじゃないでしょ!」と、いらついていた奥さん。どこかで仲直りして、寄り添って生きていくのかも知れない。
そろそろ夕食の席が混んできて、外に立って待っている親子がいたので、夫婦の行く末も気になったが、帰ることにした。
ぼうや、早く天丼食べたいよね、ママ注文してくれるといいね。
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昨年の年末に、こんな夫婦バトルを目撃したことを思い出したのも、「私がいた場所」を書きつづって、来し方しみじみと振り返ってみたからかもしれません。
当分、この「回顧retrospective」な気分は続くと思います。
<おわり>