天気 晴のち曇がち
誰が言い出したのか解らない五・七・五がある。何となく耳に残っていて八月になると思い出す。
八月は六日(むいか)九日(ここのか)十五日(じゅうごにち)
祈りの日を羅列しただけだが、この日を迎える人の思いはそれぞれだろう。わが家はこれに、3人の身内の忌日が加わる。戦争とは関係ない。
「日本人は被害者意識が強すぎる」という日本に戦争で被害を被った国の人が非難することもあった。でも、今は言いたい。戦争をせずに78年を過ごした国が地球にどれだけありますか。
夫と最後に新幹線に乗った旅行が広島だった。夫の亡くなる約一年半前の2018年のGW明けのこと。出張や旅行で九州から北海道まであちこち行っていたのに、広島へは行ったことがない、と言う。毎年、8月6日の平和記念公園の式典を見るたびに言うので、じゃ、歩けるうちに行っておきましょ、となった。私は2回行っているから本当は別のところが良かったけれど。
でも、行って良かった。その年の終わる頃にがんが発覚して、1年とはもたなかった。もし広島へ行かなかったら、私に後悔が残った。
さて、そんな話は別として、原爆に関する話は色々聴き及んでいた私が、この旅行で知ってびっくりしたことがある。広島城のこと。
ホテルの部屋は素晴らしい眺望で・・GW明けなので一流ホテルの立派な部屋が半額で泊まれた・・平和公園とは反対側の市街地が一望出来た。広島城公園の新緑が美しいので、2泊3日の最後の日はお城と美術館見学とした。
屋形船でお濠を一周できるというので、それに乗った。あまり慣れていないボランティアのガイドの女性に、鯉城の名の由来など色々聞いたり。
無論、城は戦後建てたもの。爆心地に限りなく近いので、旧広島城天守は無論あとかたもなくなったのだが・・
「原爆投下時、天守閣は一瞬宙に浮いて、それからドサッと地上に落ちたのですよ」と何気なく言ったのでびっくりした。えっ、この大きな天守閣が空へ浮くほどのエネルギーが、原爆にはあったということ・・人間なんて、木の葉が飛んだり燃えたりするのと同じようなことだったのか・・と、鳥肌が立った。このことは一度、ブログに書いた気もするが、今日また、思い出してしまった。一瞬にして崩れたと思っていたが、そうではなかったのだ。恐ろしい。
今年は、原爆資料館の入場者の6割が外国人なのだという。展示を見たからと、核廃絶派になるとは限らない。でも、核を持っている国が戦争を始めたらどうなるか、今の日本へ来る外国人は知っている。日本は情報を鎖してはいないから。第二のウクライナを作らないためには何が出来るのか、世界中の皆が考えないと戦争はおさまらない。
脳の襞までゆるびたる暑さかな KUMI (2018年)