KUMIの句日記

写真と一日一句で綴るブログ。句の転載を禁じます。

請求書色々

2019年11月13日 | 俳句
天気 時々小雨

病院の支払い請求書が届いた。10月分と夫の亡くなった11月2日までのもの。何だか請求書がたくさん入っていて、よく解らない。銀行振込でも良い、とあったものの、10分も歩けば病院の窓口へ行けるので降り出しそうな中を出かけた。山茶花があちこちに咲き始めていた。
請求書の多さは、病棟まで口腔の治療をしてくれた歯科の「訪問治療」。訪問してくれた回数、外来治療費分になっていたのだ。
寿命の尽きる日が近いのに、病棟では本当によく看護してくれた。余分な延命治療は断っていたが、清潔に快適に動けない患者が「生きる」ため、色々と工夫してくれたのだ。感謝感謝。
余計な治療をしていないので、歯科の治療費を入れても入院費はとっても安かった。支払って外へ出て、夫の十年以上にわたる長い長い病院との付き合いは終わった、と実感した。生きている私は、まだ、循環器科の患者だ。

病院へ行くとき、階下のご主人に出逢った。夫のことを聞かれ、経過を話したら、午後にご夫婦で焼香に来られた。「何でもっと早く話してくれなかったのよ!」と奥様に叱られた。話そう、と思いつつ、ピンポンして「実は・・」と言い難くて、今日は行こう、と思っていたのだが・・同じ階の方には話していたので、そろそろ耳に入るかと思ってしまった。ゴメンナサイ!
ご夫婦とも我が家と同年齢で、気さくにお付き合いしてきたのだから、話しそびれていた私が悪かった。たくさんの供花供物を頂いて恐縮。


ちょうど、葬儀社でしつらえた祭壇の供花が傷んできたので半分を整理したところだったので有難いこと。

寡婦となる白菊の香を胸に抱き  KUMI
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富士山は真冬

2019年11月12日 | 俳句
天気 晴

昨日の夕方から降った雨が富士山には雪だったようで、今朝は真冬のような富士山になっていた。
  遠富士の雪を測るも多摩暮らし  KUMI
という句を作ったことがある。(結社誌に掲載済)
多摩、というのは東京の23区と島しょ部を除いた地域。でも、もっと山沿いに行くと富士山の見えない地域もあるから、ちょっと句にするのは無理があったかも。

「寡婦」は忙しい。午前、ようやく眼科へ行くことが出来た。アレルギーの点眼薬が1週間くらい前に尽きてしまい、眼が乾いて仕方がない。緑内障の点眼薬も残り少ない。まずは自分の体が第一。終わって帰路にドラッグストアで日用品を買ったら、もう昼になってしまった。帰宅してから作るのも面倒、と、駅前のカフェで昼食を済ませた。
そして、葬儀やさんの請求書が届いたので銀行へ行き、昨日市役所で貰った健保関係の書類を作成し、マンションの管理組合で夫と一緒に理事をしていた方が組合の香典を届けに来宅。途中で辞めざるを得なかった夫がどんなに迷惑をかけたか、申し訳ないことだった。
なんだかんだで時間が過ぎ、色々動き回っていると疲れて息苦しさが増し、もうお終い・・とコーヒータイムにしてしまった。今日の予定にしていた年金関連の準備は延期。

カフェからぼんやりと駅前広場を眺めていたら、救急車が来た。駅の方から患者を運んできて大きな音を残して去った。夫の入院していた病院へ行くのだろう・・軽症で済むように、と祈りたくなった。

落葉舞ひあげて発ちたる救急車  KUMI
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誘われて・・晩秋風景

2019年11月11日 | お散歩写真
昨日の話。
夫の看取りを親身になって私に協力していただいた友人一家から、昭和記念公園へ行こう、と誘われた。まだそんな気分にもなれない・・と思ったが、誘われなければ行くことはないので、夫の遺影に断って出かけた。
幼児二人が居たので、いつものカメラ散歩、とは違ったものの、本当に久しぶりにカメラを持参。


水鳥の池の畔を歩き、カナールの銀杏並木まで行くことにした。今年は台風でどの木も紅葉前にかなり散ってしまったようで、ちょっと寂しい。渡りの鴨たちがもうかなり増えていて、真冬になったら300㎜レンズを持って行きたいと思っている場所だ。


銀杏はまだ黄葉には少し早いが、やはり葉っぱや枝がかなり傷んだようだ。多摩地域は海沿いより風の害が少ないものの、公園はさえぎるものがないから風当たりは強いのだ。


小春日を浴びながら、友人の用意してくれた昼食をいただき、本当に贅沢な時間だった。帰路には我が家に寄って夫に手を合わせてくれた。

幼児連れなのでさほど歩いた訳でもないのに、ひどく疲れた。
去年も紅葉は見に行っている。夫もまだまだ元気だったし、カナールから日本庭園までぐるりと歩いている。疲れた記憶はない。
体力回復も当面の課題。とはいえ、じっとしては居られないので、月曜の今日は市役所へ。いよいよ「後始末」のもろもろの手続きを始めなければならない。体調と相談しながらゆっくり進めよう。

銀杏散る走る子供へ追ふ母へ  KUMI
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石蕗の花

2019年11月09日 | 俳句
天気 晴

いつの間にか石蕗の花が家の周り、あちこちに咲いていた。ツワブキ、俳句ではツワの花、と略すことが多い。秋の終わりから長く咲くけれど初冬の季語なので、この花が咲き始めると冬の季語を使う季節になった、と思う。
1ヶ月半以上も台風の日以外は夫の看取りで毎日病院通いとなった。9月とはいえ猛暑もあるような日々で、家から病院への道は百日紅がまだまだ咲き誇っていた。そのうちにネコジャラシが目立ち始めた。季節の移り変りをあまり感じない日々だった。

今日は久々に隣駅まで用足しに行った。街を歩くのも本当に久しぶり。いつ病院からの電話が来るかも・・と怯えることもないので、申し訳ないが解放感がある。
用を足して駅ビルのデパートで少し買い物をしていたら、昼近くなった。夫が家に居るときは、あ、昼食までに帰らなくては・・と焦り、12時までに帰れない時は電話して、地下の食品売り場で弁当を買ったりした。夫の昼食の用意を考えなくて良い、というのは何と気楽なことか・・ごめんなさいね。
パン屋のカフェで、手軽なランチ。地元野菜のサラダとソーセージと茹で卵。一度食べたことがあって、私の昼食にはぴったりのプレートが気に入っていた。


罪滅ぼしに地元野菜の店で柿を買って夫にも供えた。柑橘類が苦手でも、私の大好物の柿はよく食べてくれた。


石蕗(つわ)咲けりこの道戻らざる人へ  KUMI
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寡婦になりました

2019年11月08日 | 俳句
写真は、6日に夫の遺骨とともに帰宅した日の夕富士。この秋最高の美しさの夕富士だった。親しい人たちとささやかなお清めをしたあと、外を見て皆で歓声をあげた。

もう、今日が初七日。当地では火葬場の都合もあって亡くなってから告別式まで数日を置くことは珍しくないから、我が家はまだ早い方だったかもしれない。なので初七日の法要も同日に行ってしまう。
ブログ再開は早い、と思いつつ、このままでは俳句の作り方すら忘れそうなので夫に断って「自分の暮らし」を元に戻していこう、と決意した。

(ブログを休んでからの怒涛のような日々については、書いたら大変な労力が必要、それに、まだ文章にする気分にもなれません。ですので省略します。今後のブログの中で必要なら書くこともあるかと思います)

寡婦、とは古い言い回しだが、字にしてみると悪くはない。
さて、告別式はごくごく親しい、夫の指名した者たちだけでとりおこなった。昨日は、その他の友人や私の身内への事後連絡だけで終わってしまった感がある。何しろ天候不順の一ヶ月半を看取りに費やしたので、私の体調はかなり低下している。無理なく、せねばならないことをしていこうと思う。
今日の午前中は、四十九日の納骨のことで霊園へ電話したり、というだけで疲れてしまった。午後は、近所の銀行へちょっとした手続きに行き、初七日の焼香にあっちゃんが仕事帰りに寄ってくれて。二人で珈琲を飲み、少しだけのんびりとした時間を過ごした。
焦らずゆっくり、その他の手続を少しづつ片付けながら、自分の時間を撮り戻そう。

気づいたら、はや今日は立冬だった。

遠富士を輝かせ冬来たりけり  KUMI
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