大郶屋稲荷は、棚倉町役場の北東側市街地の中にあります
イチョウの大きな樹冠をイメージして探しましたが見つかりません
見つけた大イチョウは、幹の大部分を切られてしまっていました
前の道路脇に
車を止めさせて頂きました

見つけました

大郶屋稲荷神社です


稲荷神社らしくキツネの狛犬ですね


北側から



東側から太い幹を見ました

標柱です
福島県緑の文化財大部屋稲荷イチョウ
棚倉町 手がかり1 あ=赤 コードF6の札が針金で止められています

説明版です
大郶屋稲荷神社由来
徳川末期天保年代松平周防守(1836~1856)の江戸上屋敷
(目黒)で側近の奥女中(岩藤と尾上)がそれぞれに殿から一身に寵
愛をようとしての葛藤事件で共に亡くなり、その後棚倉城に毎夜不思
議な事が発生した。家中一同の計らいで、現在地に大郶屋様の冥福を
祈り弘化年代(1844~1848)大郶屋稲荷を建立したと伝えら
れている。
大郶屋稲荷神社は京都伏見神社に由来し、開運・出世・商売繁盛の
守護神として信仰されている。
昭和61年7月建立
大郶屋講中
大イチョウについての記載は在りませんが、目通り幹回り5,4mの巨木です
では、次へ行きましょう
イチョウの大きな樹冠をイメージして探しましたが見つかりません
見つけた大イチョウは、幹の大部分を切られてしまっていました
前の道路脇に


見つけました


大郶屋稲荷神社です



稲荷神社らしくキツネの狛犬ですね



北側から




東側から太い幹を見ました


標柱です
福島県緑の文化財大部屋稲荷イチョウ
棚倉町 手がかり1 あ=赤 コードF6の札が針金で止められています


説明版です
大郶屋稲荷神社由来
徳川末期天保年代松平周防守(1836~1856)の江戸上屋敷
(目黒)で側近の奥女中(岩藤と尾上)がそれぞれに殿から一身に寵
愛をようとしての葛藤事件で共に亡くなり、その後棚倉城に毎夜不思
議な事が発生した。家中一同の計らいで、現在地に大郶屋様の冥福を
祈り弘化年代(1844~1848)大郶屋稲荷を建立したと伝えら
れている。
大郶屋稲荷神社は京都伏見神社に由来し、開運・出世・商売繁盛の
守護神として信仰されている。
昭和61年7月建立
大郶屋講中
大イチョウについての記載は在りませんが、目通り幹回り5,4mの巨木です

では、次へ行きましょう

