ビーズうさぎのハナちゃんです!!

日々の生活、山登りや釣り、ドライブなどをアップします。ここの所、巨樹めぐりがメインですが!(汗)

福岡県水巻町、立屋敷「八剱神社の大イチョウ」です!!

2018-12-18 06:36:35 | 巨樹・大木
立屋敷地区は、水巻町役場の南西約1kmのところ


国道3号線から、遠賀川右岸堤防上を走る県道73号線に入ると

間も無く堤防の側に八剱神社が鎮座します

参道脇に車を止めさせて頂きました



遠賀川の右岸堤防上に案内板が有ります堤防上の夫婦銀杏が見えます

堤防を下りた道路が参道です

手水舎です

説明書きです
  八剱神社境内の井戸
 井戸は組合わせでなく、板石を6枚合せ六角形をして、
古い様式をみせている。
 深さは15尺から20尺くらいで生活の基本的な設備だ
けに、見事な行程の美しさを示している。
 立屋敷遺跡から発掘された井戸側をみてもあの時代に既
に井戸が掘られていたことが証明される。
  手洗い石
 明治7年(1874年)、戸長(大庄屋)、副戸長(庄
屋)、保長、13名連名で八剱神社の献納




目的の大イチョウです、南東側から見ました

狛犬です


拝殿です

本殿です

由緒です
  八剱神社由緒
主祭神  日本武尊・砧姫命
合祀神社 保食宮・天津神社・国津神社・天満神社
     多賀神社・宮地嶽神社・貴船神社
境内社  月読神社・馬野神社・天照大神社・猿田彦神社
由緒
 第12代景行天皇の御代、日本武尊は筑紫の熊襲征伐の
途次、この地にて砧姫を娶られた。尊が東国征伐の帰途、
崩御されたのを聞き、尊の仮宮跡に社祠を築き「御館大明
神」として祭るを当神社の起源とする。後に「八剱大明神
」と改称。
 文治元年(1185年)山鹿城主、山鹿秀遠が、社殿を
造営、その後も、尚武の神として、大内、小早川、黒田、
と城主、国主により5度、社殿は造営された。
 当神社は元は、水巻の庄数ヵ村の産土神であったが、遠
賀川の改修工事(1628年)により分村、分霊して、今
では立屋敷地区だけの神となっている。
 境内の大銀杏樹は、日本武尊のお手植えと伝承、樹齢千
九百年、県指定の天然記念物で、昔から祈願してこの樹皮
を煎じて飲めば母乳が出ると伝えられ「乳の神様」と近郷
はもとより遠方からも多くの参拝があり、今も祈願者があ
る。
 社宝として、壇の浦の源平合戦の戦勝祈願に、山鹿秀遠
が奉納した県内最古の「木造の狛犬と随身像」があり、共
に町の文化財に指定され、「水巻町歴史資料館」に展示さ
れている。
 社殿内の一対の大型絵馬は、天保11年(1840年)
近隣の20ヵ村で祈願奉納したもの、裏面に作成経過が詳
しく書かれ民俗資料としても、貴重なものとされている。
 境内のチシャの木は県内第三の巨木で町の指定文化財で
ある。
 合祀の、保食宮は古来より、五穀豊穣祈願の郡宗社であ
った、寛文10年(1670年)蝗害発生の際、当村の蔵
富吉右ェ門が「この神のお告げ」を受けて、鯨油を駆除剤
に使い害を免れたと人々に伝えた、その後九州はもとより
西日本一帯までも拡まった、これが日本農業の害虫防除の
始まりとされている。
 この御神徳により、享保17年(1732年)黒田継高
公の命で堤防の上の二本の、夫婦銀杏樹は当時の境内樹で
ある。



石碑です、創祀千九百年祈念です




拝殿前から

南側根元から見上げました


説明版です
 福岡県指定天然記念物
   八剱神社の大イチョウ
所在地   福岡県遠賀郡水巻町立屋敷3丁目13番30号
所有者   宗教法人八剱神社
法量    樹高 22,26m、幹周囲 9,7m、
      推定樹齢約1900余年
指定年月日 昭和53年(1978)3月25日
(伝説・由来)
 イチョウは2億数千万年前に出現し、最盛期には15種も
ありました。気候の変動などでほとんどが絶滅してしまい、
現在ではアジア地域に一種類しか自生していません。八剱神
社の大イチョウは雄株の古木で、神社の由緒には、日本武尊
が熊襲征伐の時に立屋敷に立ち寄り、讒言により都からこの
地に逃れてきた砧姫という娘と結ばれて、その証として植え
られたものとして記されています。
 江戸時代の地誌「筑前國續風土記拾遺」に巨木として記さ
れ、その後、明治45年(1912)、境内の東側に東久世
通禧の筆による「霊樹碑」が建てられました。さらに、大正
3年(1914)の「大日本老樹名木誌」には「日本武尊御
手植ノ公孫樹」として紹介されています。
 ところで、慶長6年(1601)、この周辺の砧姫墓とい
われる小山から鏡などの出土品がみつかり、鏡はその傍らに
お堂を作って祭ったということです。
 イチョウの枝には、気根と呼ばれるこぶがあり、母の乳房
に似ていることから、皮を煎じた汁を飲むと母乳の出がよく
なると伝えられ、昭和30年代までは母娘連れの参拝者も多
く、お礼参りの煎じかすを収めた袋が近くに吊り下げられて
います。
 一方、近年イチョウの遺伝学的な研究によって、同じ遺伝
子をもつものが、韓国慶尚北道亀尾市や島根県大田市などに
所在することがわかり(平成16年段階)、いずれも推定樹
齢600年以上といわれています。
 イチョウがいつごろ中国や朝鮮半島から日本に伝来したの
かは諸説がありますが、その手がかりとなるもので興味深い
ものです。
                  水巻町教育委員会






社殿の東側には月読神社です

立派な石鳥居の天照大神社です

馬野神社です、御祭神は保食大神です

大きな水盤が有りました

大イチョウの根元の猿田彦神社です


相撲の土俵が在りました

遠賀川の土手上から見下ろしました

では、次へ行きましょう
コメント (1)
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