前山地区は、佐久市役所の南南西約4kmのところ
国道141号線を南へ、洞源湖入口信号を南西へ
正面の山の斜面に貞祥寺が有ります
参道入口の北側に
駐車場が有りますので利用させて頂きました

参道入り口です

説明版です
洞源山貞祥寺
大永元年(1521年)創建
開山 節香徳忠禅師
開基 前山城主伴野貞祥公
七堂伽藍備わる曹洞宗の寺です。
末寺十二ヶ寺を有する。
1 佛殿 本尊釋迦牟尼佛。
2 法堂 佛殿が兼ねる。法要の場(本堂)。
3 僧堂 枯木堂(坐禅堂)文殊菩薩を祀る。
4 庫院(庫裏)守護神韋駄天様を祀る。
5 山門 左右に増長天・持国天(仁王)。
6 東司(西浄) 雪隠。烏枢沙摩明王を安置。
7 香水海(浴室) 跋跎婆羅菩薩を祀る。
外に開山堂、経蔵、知客寮、方丈、江湖寮、
宝蔵、鐘楼、位牌堂、地蔵堂、三重塔(県宝)
等がある。又、財団法人洞源育英会の図書館が
ある。
山門中庭の杉、銀杏樹は450年を経ている。
貞祥寺32世住職岡本有光
佐久市観光協会

案内図のある貞祥寺郷土環境保全地域説明版です
この地域は、貞祥寺一帯の歴史的に特色のある自然
環境を守るために指定された地域です。
貞祥寺は、大永元年(1521年)前山城主伴野貞
祥が、慶徳寺(埼玉県)の節香徳忠禅師を招
いて開山としました。境内は、ケヤキやスギの大木に
囲まれ、七堂伽藍が整っています。
この優れた歴史的自然環境を大切に守り育てましょ
う。
長野県自然環境保全条例 第15条の規定により
昭和63年1月28日指定 面積3,40ha
長野県

石碑参道は直角に曲がります


狛犬です

参道左手には島崎藤村の家が在ります

説明版です
島崎藤村(小諸時代)旧栖の家
島崎藤村(明治5年1872年~昭和18年1943年)
は、明治32年4月小諸義塾教師として信州小諸へ赴任、
小諸市馬場裏の旧小諸藩士宅に新家庭を構え、明治38年
4月小諸義塾教師を辞するまでの6年間を、この家ですご
した。
この間、島崎藤村は「落梅集」「藤村詩集」を刊行する
かたわら、散文集「千曲川のスケッチ」名作「破戒」など
の稿を起して詩から散文への移行を志した。
島崎藤村をして、詩人から小説家へ転生させたのは小諸
時代の生活で、藤村文学にとって最も重要な時代と言えま
しょう。
この家は、大正9年その消失を惜しむ本間隆氏によって
ひとたびは佐久市大字前山南に移転されたが、以上の文学
的意義に鑑み、藤村生誕100年につづく、没後30年を
記念して、昭和49年1月10日から総工費700万円を
もって重ねて当所に解体復元工事に着手し、同49年6月
30日完成した。
建物についての構造形式の踏襲はもちろん、後世改変部
については資料に基づき可及的当初の形式に復旧整備し、
保存を期するものである。
建物面積35,5坪
昭和49年6月30日 佐久市教育委員会

北側には

図書館です

更に石段を上がります

突き当り右側は通用門です

左に参道の総門が在ります

文化財標柱です

説明版です
長野県宝 貞祥寺惣門及び山門
惣門 一間一戸草葺切妻造薬医門で、承応2年(1653)に
建立された寺最古の建物である。小平(長方形断面)の
親柱、控柱を円柱としあまり例を見ないものである。
組み物につけられている象が鼻を巻き上げたような木鼻
に特徴がある。また、大瓶束の結綿は室町後期の様式を
持ち、木鼻は複雑な輪郭をとる。
山門 三間一戸草葺入母屋造楼門で、寛文12年(1672)に
小泉三右衛門、重右衛門によって建立されたものである。
建立時資料が現存し大変貴重である。
長野県教育委員会 佐久市教育委員会

水盤です

境内社があります

山門へ向かいます

山門です

文化財標柱です

鐘楼です
宝篋印塔です

説明版です
この塔は、佐久仏教婦人会員創立10周年を記念して
般若心経を一字一石に謹写し、世界の平和を祈願して、
昭和42年5月21日に建立されたものであるます。
昭和57年4月 佐久仏教婦人会


狛犬です

法堂(本堂)です

懸額です

僧堂(坐禅堂)です

三重塔へ行きましょう

三重塔が見えて来ます



三重塔です

文化財標柱です、平成4年9月10日指定された県宝です



東側から

東側参道から見上げました
では、貞祥寺の巨木、大木を見ましょう
国道141号線を南へ、洞源湖入口信号を南西へ
正面の山の斜面に貞祥寺が有ります
参道入口の北側に


参道入り口です


説明版です
洞源山貞祥寺
大永元年(1521年)創建
開山 節香徳忠禅師
開基 前山城主伴野貞祥公
七堂伽藍備わる曹洞宗の寺です。
末寺十二ヶ寺を有する。
1 佛殿 本尊釋迦牟尼佛。
2 法堂 佛殿が兼ねる。法要の場(本堂)。
3 僧堂 枯木堂(坐禅堂)文殊菩薩を祀る。
4 庫院(庫裏)守護神韋駄天様を祀る。
5 山門 左右に増長天・持国天(仁王)。
6 東司(西浄) 雪隠。烏枢沙摩明王を安置。
7 香水海(浴室) 跋跎婆羅菩薩を祀る。
外に開山堂、経蔵、知客寮、方丈、江湖寮、
宝蔵、鐘楼、位牌堂、地蔵堂、三重塔(県宝)
等がある。又、財団法人洞源育英会の図書館が
ある。
山門中庭の杉、銀杏樹は450年を経ている。
貞祥寺32世住職岡本有光
佐久市観光協会

案内図のある貞祥寺郷土環境保全地域説明版です
この地域は、貞祥寺一帯の歴史的に特色のある自然
環境を守るために指定された地域です。
貞祥寺は、大永元年(1521年)前山城主伴野貞
祥が、慶徳寺(埼玉県)の節香徳忠禅師を招
いて開山としました。境内は、ケヤキやスギの大木に
囲まれ、七堂伽藍が整っています。
この優れた歴史的自然環境を大切に守り育てましょ
う。
長野県自然環境保全条例 第15条の規定により
昭和63年1月28日指定 面積3,40ha
長野県

石碑参道は直角に曲がります



狛犬です


参道左手には島崎藤村の家が在ります


説明版です
島崎藤村(小諸時代)旧栖の家
島崎藤村(明治5年1872年~昭和18年1943年)
は、明治32年4月小諸義塾教師として信州小諸へ赴任、
小諸市馬場裏の旧小諸藩士宅に新家庭を構え、明治38年
4月小諸義塾教師を辞するまでの6年間を、この家ですご
した。
この間、島崎藤村は「落梅集」「藤村詩集」を刊行する
かたわら、散文集「千曲川のスケッチ」名作「破戒」など
の稿を起して詩から散文への移行を志した。
島崎藤村をして、詩人から小説家へ転生させたのは小諸
時代の生活で、藤村文学にとって最も重要な時代と言えま
しょう。
この家は、大正9年その消失を惜しむ本間隆氏によって
ひとたびは佐久市大字前山南に移転されたが、以上の文学
的意義に鑑み、藤村生誕100年につづく、没後30年を
記念して、昭和49年1月10日から総工費700万円を
もって重ねて当所に解体復元工事に着手し、同49年6月
30日完成した。
建物についての構造形式の踏襲はもちろん、後世改変部
については資料に基づき可及的当初の形式に復旧整備し、
保存を期するものである。
建物面積35,5坪
昭和49年6月30日 佐久市教育委員会

北側には


図書館です


更に石段を上がります


突き当り右側は通用門です


左に参道の総門が在ります


文化財標柱です


説明版です
長野県宝 貞祥寺惣門及び山門
惣門 一間一戸草葺切妻造薬医門で、承応2年(1653)に
建立された寺最古の建物である。小平(長方形断面)の
親柱、控柱を円柱としあまり例を見ないものである。
組み物につけられている象が鼻を巻き上げたような木鼻
に特徴がある。また、大瓶束の結綿は室町後期の様式を
持ち、木鼻は複雑な輪郭をとる。
山門 三間一戸草葺入母屋造楼門で、寛文12年(1672)に
小泉三右衛門、重右衛門によって建立されたものである。
建立時資料が現存し大変貴重である。
長野県教育委員会 佐久市教育委員会

水盤です


境内社があります


山門へ向かいます


山門です


文化財標柱です


鐘楼です




説明版です
この塔は、佐久仏教婦人会員創立10周年を記念して
般若心経を一字一石に謹写し、世界の平和を祈願して、
昭和42年5月21日に建立されたものであるます。
昭和57年4月 佐久仏教婦人会


狛犬です


法堂(本堂)です


懸額です


僧堂(坐禅堂)です


三重塔へ行きましょう


三重塔が見えて来ます




三重塔です


文化財標柱です、平成4年9月10日指定された県宝です




東側から


東側参道から見上げました

では、貞祥寺の巨木、大木を見ましょう
