持ってはいるが読まない本の一つの典型が、企業などの出版する社史の類。50年、100年という区切りに社史を出版し、会社の応接室にでも置いておけば訪問客の目にとまって、この会社はこんなに長続きしたのだからさぞかし立派な会社なのだろうと思ってくれるかもしれないし、それによって何かいい商売が取れるかもしれない。そうでなくても変な憶測をされるような本を置くより無害だし、装丁にこだわって少し金箔でもまぶしておけばさらにPR 効果があるというものだ。
友人たちからそういった本の贈呈を受けて(多分処理に困って声をかけやすい相手と見られたのだろう)やむを得ず自分の本棚に置いてあるのがいくつかある。いかに、自慢話満載の本と言えども、古い時代の風俗を垣間見るのには役立つ。50年、100年前といった古い時代の海外転勤、海外出張など海外旅行の様子を知ろうと思っていくつかに目を通してみると、少なくとも第二次大戦前まではほとんどが船だった。そのため、ヨーロッパが行き先などの場合、途中各地の港に立ち寄り、スエズ運河を経由したりするので到着までひと月近くかかっていた。
このような海外旅行は船酔いをはじめ肉体的にも精神的に負担が大きく、さらに犯罪に巻き込まれる危険や病気の危険とも隣り合わせと言うことで、実に大変なものだった。それが今では飛行機による直行便の登場および費用の低下によって海外旅行は全く違ったものになった。海外が実に身近になった、少なくともコロナウイルスが蔓延する今年初めまでは。しかし、今回のコロナ禍で海外旅行が実質上不可能になると、ふと、我々はかつての時代に戻ってしまったのではないかと思われるところがある。もちろん、科学技術の進歩によって、さまざまな代替手段があり、完全に昔に戻ったわけではないが、実際にこの目で見たり触れたりすることが出来なくなったという意味では、海外というものが手の届かないところに行ってしまったような感じがする。
今ほど海外旅行が簡単ではない19世紀に、頻繁に海外に出かけて精力的に絵を描いた画家の一人として、イギリスのターナーが挙げられるだろう。同時代の最も有力な英国の画家としてターナー作品を多数展示しているテートギャラリーに行けば、彼がヨーロッパの主要な都市を多く訪れ、各地で多くの作品を残しているのがわかる。
彼は、1851年、ロンドンを襲った伝染病のコレラに罹って死んでしまうのだが、彼が死の床で最後に残した言葉が「The Sun Is God(太陽は神だ)」。彼の多くの作品は都市や海の風景、そこに住む人々を描いている風景画であるが、一方では彼が太陽の光、空、そして雲といった自然および自然の力に大きな関心があったことは、彼の多くの作品の素晴らしい空の描写を観ればわかる。
人間は自然の力には抗えない。コロナウイルスも、集中豪雨も、人間の手に余るという意味で、自然のなせる業なのかもしれない。自然に対する畏れの気持ちをなくしてはいけないと思う。
ターナーの作品の中で、空が印象的なものをいくつか。