イギリス、あるいは英国は、正式には「United Kingdom of Great Britain and Northern ireland.(大ブリテン島および北アイルランド連合王国)」。この連合王国の中で、一番地味なのはウエールズだろうか。しかし、英国王室は伝統に従って、次期国王として王位を継承すべき最年長の王子には「ウェールズ王子(Prince of Wales)」の称号が与えられている。王位の法定推定相続人(皇太子)の正式呼称と言うわけだ。
ウェールズは人口320万人あまりとイギリス全体の5%にも満たないので、何かと自己主張の強いスコットランド(人口560万人)程とは少し趣が違うかもしれない。例えてみれば、スコットランドがずけずけものをいう次男坊なら、ウエールズはおとなしい三男坊と言ったところか。しかし、歴史、文化といった面ではイングランド、スコットランドに全くひけをとらない独自のものを持っている。ブリテン島は、古代ローマ帝国に征服されたけれども、ウエールズ地方のブリトン人は、アングロサクソンに征服されたことはない。アーサー王はウェールズに起源をもつブリトン系人で、アングロサクソンに抵抗した人物だ。そして、ここはアイルランドとともにケルト文化の地でもある。因みにアーサー王伝説には、中世になって騎士道伝説としてまとまったものがあるが、もともとはケルトに伝わる伝説が起源であり、伝説と言うからにはいくつもの筋が残されているものでもある。ちょうど、日本の多くの神話や伝説で話の終わり方に色々な形のものがあるのと同じに。
アイルランド出身の作家、フランク・ディレイニーの「ケルトの神話・伝説Legends of the Celts (1989, Hodder & Stoughton)」は、こういったケルトの神話・伝説を集めたもので、ケルト文化を理解するのに極めて重要な役割を果たしている。そのなかでも、アーサー王伝説中最も知られている「トリスタンとイゾルデ」の話は後世のヨーロッパ人の恋愛観に大きな影響を与えた。フランス語ではジョセフ・ぺディエの「トリスタンとイズ―物語」があるし、ワーグナーのオペラにもなっているが、この本では、ケルト文化の中で育った著者が幼いころから聞かされ、記憶していたヴァージョン(版)であり、後世のそれとは若干異なっている部分もある。子供のころから聞かされていたストーリーがそれこそ真正だ、ということはない。むしろ、幾つもの異文化と交渉してゆく中で、ケルト文化の「自己」を構成していくものであることも事実だろう。
アーサー王伝説最大の恋物語と言われるこの「トリスタンとイゾルデ」だが、この本で紹介されている筋書きは永続性のあるものだ。誤って媚薬を飲んでしまった二人の恋のゆくえは、波乱万丈の展開を見せながらも、裏切りや愛欲と言った、人間性についての普遍的な問いかけを止めることはない。この本ではトリスタンとイゾルデが、イゾルデの夫であるマルク王の不在時に密会し、その現場を覗き見する3人の貴族をすべて亡き者にしてひとまず終わる(一説によると、この不倫場面を国王が見つけ、毒を塗った槍を突き刺してトリスタンの命を絶った、という)。
このトリスタンとイゾルデの最後については別の話として、決闘で毒の塗られていた刃によって傷ついたトリスタンが、毒の傷を癒せるイゾルデを待ちながらも嫉妬に駆られた女の虚言によって絶望しこと切れてしまう、そこに到着したイゾルデも後を追って死ぬ。そしてコーンウォールの礼拝堂の両側に埋葬された彼らの墓からはそれぞれにイチイの木が生えてくる。その木は、何度切り倒してもまた生えてきて、礼拝堂一杯に伸びついには枝先が触れ合いしっかりと絡み合って引き離せないようになった。そした、この二本の木が絡み合っているのはトリスタンとイゾルデの呑んだ愛の媚薬が効果を失っていないからだ、と信じられている、というのもある。
北海道の家で庭木を植えるとすれば一番先に候補にあがるのがイチイの木(あるいはオンコの木とも呼ばれる)。秋には赤い実をつけ、鳥たちの餌にもなる。近所の家と同じように自分の北海道の家の庭にもイチイの木が数本植えてある。いつの間にか枝が伸び過ぎてしまったようだ。枝が絡み合わないうちに剪定しなければならないだろう。
イチイの木