回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

静かなロンドン

2020年07月19日 16時22分29秒 | 日記

数年前、ロンドンに滞在中に友人と食事をした際、プレゼントとしてもらったのが黒い表紙で小型の「Quiet London」。ロンドンのような大都市はすべてのものが揃っていて、人間の考えうるあらゆる欲望にこたえられるようになっている。美術館、博物館、レストラン、パブ、公園、ホテルどれをとっても魅力的だ。しかし、一般的にロンドンのような大都会では、そういったところに行くとすれば常に混雑と騒音を覚悟しなければならない。いや、多くの人間が集まるこの大都会はその喧噪と猥雑さが刺激的でありかつ魅力なのだ。ごく一部の特権階級や億万長者を除いては、大都会生活を楽しむということは騒音と喧噪を意味する。それでいながら、時として人は静かに本を読んだり誰にも気兼ねなくゆっくりと名画を鑑賞したり、隣の席を気にせずに食事のできる場所を求める。誰もが行きたくなるような人の目を引く派手な場所よりも、地味であまり人のいないところがどこかにないものかと考えるのはこれまた自然でもある。静けさと平安を求める人のために、実際に足をはこんで調べ上げ、そういった場所を紹介しようというのがこの本だ。友人は、静かに埋もれている素晴らしいところを沢山紹介している、と言ってやや興奮気味にこの本を持ってきた。たしかに一部知っている名前もあったが大部分は知らない名前だ。かつてはにぎわっていたところが、今はどういうわけか人の注意をひかないようになって閑散としているところも載っている。それぞれの説明文を読んでみたらどれもなかなか面白そうに思えてくる。すくなくとも一見には値する、と言ったところだらけだ。

特に予定のない日にその本をめくっていたら、19世紀のイギリスの詩人でデザイナー、かつ政治的にはマルクス主義者として精力的に活動し、それぞれの分野で業績を挙げ、「モダンデザインの父」とも呼ばれるウイリアム・モリスの博物館がロンドン西部のハマースミス橋のほど近いところにあることが分かった。名前は知っていたけれども、彼が熱心なマルクス主義者と言うことで少し遠慮していたのだが、静かに彼のデザインを鑑賞できるのであれば、行って損はないと思った。さらに、やはり客の少ない、静かなパブとしてその近くに「The Dove」という店があると知ってはもう行かないわけにはいかない。

ロンドン中心部からテームズ川の上流のほうに向かって小一時間で着くところにあるウイリアム・モリスの博物館は思ったよりもこじんまりとして自分のほかには一人女性の見物人がいるのみ。わずか3部屋ほどの展示室で、その奥では何やらセミナーのようなものが開かれていた。彼の著作とデザインしたものなどが展示されていたほかに土産品が少々、音を立てないように静かに見て回ったが、ものの30分もあれば十分だった。

ここを出るとほとんど目と鼻の先、と言う感じで「The Dove」があった。ところが、ここはなぜか超満員、静かに本でも読みながらぬるいビターを1-2パイント呑んでほろ酔い気分に、という思惑が完全にはずれてしまった。確かにテームズ川に面したテラスには椅子が用意してあり、その日はあいにく曇りではあったが、川風に吹かれ、緑色のハマースミス橋を観ながら飲むのも一興、ということがよくわかった。「Quiet London」の説明は違っているではないかと思いつつ諦めてハマースミス橋のほうに向かっていくともう一軒パブがある。ここはさほど混んではいない(Quiet  London には掲載されていない!)ので同じように川に面した席でビールを飲んだ。ひょっとすると「Quiet London 」に掲載されたので「The Dove」には客が殺到したのかもしれない。こういう皮肉はよくあるものだ。「隠れ家的」として紹介されたとたんに店に客が殺到してもはや「隠れ家」どころではなくなるように。

コロナウイルスにより、今この博物館は休館中だ。イギリスのパブは今月から再開されているので「The Dove」も営業しているのだろうと思うが、感染を恐れて、客の入りはどうか・・それ以上に、もはや「Quiet London 」などという本自体その存在理由を喪失したのかもしれない。誰もが感染を恐れ、かつ観光客もいないロンドンはどこへ行っても「Quiet」なはずだから。あるいは、コロナによって新たな「Quiet London 」の編集の必要が出てきているのか・・・

「Quiet London」の表紙

William Morris

Morrisの作品「イチゴ泥棒」

William Morris 博物館外観

入り口(開館は週に二日のみ)

パブ「The Dove」

テームズ川にせり出したテラス

干潮時のテームズ川とハマースミス橋

コメント
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