IKEAやニトリのようなカジュアルな家具を売っているところにとってはあまりうれしくない話かもしれないが、家具を大切に使う、もし、破損したり一部が擦り切れたりしたら修理して使い続ける、と言うのはイギリスの伝統。あるいはDIYの店に行って材料を買ってきて日曜大工で自分で家具や小屋を作る、と言うのも同じような話。家具復元(Furniture Restoration)と言う学位もあるくらいだからこういったことは十分市民権を持っている。
初めにこういった話を聞いた時には、こちらがまだ若くて未熟だったのと、時間に余裕がなくて家具再生などに興味がわかなかったせいか、単にイギリス人の倹約志向あるいは、経済的な理由によるもののように感じられて大した感銘を受けなかった。むしろ、どうせ素人のやる家具修理なのだからとても人前には恥ずかしくて出せないようなものになるに違いない、とさえ思っていた。日本には家具職人が文字通り職人芸を発揮し、芸術品と見まごうくらいの完璧な修理をしてくれるのだから、素人の出る幕ではない、とも。
当時はDIY なるものに対してそのような誤った認識を持っていたのだが、この頃は日本でもホームセンターが繁盛していて材料にしろ工具にしろ何でも比較的安価に手に入る。特に団塊の世代を中心にしてDIYが一つのブームなのだそうだ。さらに、コロナ禍により、在宅勤務が増えると通勤時間の代わりに何かを手作りしてみようかと言う人も増えているようだ。
かつては日本には大工さんという、何でも手際よくかつ、素人には到底真似の出来ない家具などを作る人たちがいた。自分の今住んでいる古い家も数人の大工が窓から床まですべて手作りであつらえたもので工場から運んできたものは何もない。それでいて、いまでも特に大きな不具合もなく、不便も感じていないのだから相当な腕前だったのだと思う。今でももちろん大工はいるのだろうが、住宅建設現場でも予め用意された材料であっという間に組み立てが行なわれ、そこには手作りの、と言う形跡は見られない。今や極めて精巧な製造技術により、寸分も違わない材料が大量に短時間で製造されているのだろう。ある程度の体力があれば、住宅などの建設はそれほどの経験や手先の器用さと言ったものを求められなくなってきたようだ。これはアメリカに行った時にも実感した。合理的でかつ、大量生産・大量消費のアメリカでは、そんな個人の資質によるということなどなく一気にものを大規模に組み立てるというのが得意だったからだ。
かつてはカンナやノミと言った大工用具を駆使して何でも器用に作り上げるのが大工だったが、今ではあまり見かけない。また、専門家という人に頼んでもかつてのようなこちらが感心するような、芸術品のような仕上がりをものを期待するのは難しく、一般人がDIYの店で材料を買ってきて作るのと大きな違いがなくなってきているようだ。日本も、イギリスのように、自分でものを作る時代になったのかもしれない。
大正生まれの父は、終戦を挟んで何もない時代を過ごしたせいなのか、それとも生来手先が器用だったのか、何でも自分で作る人だった。作ったものは、職人が作ったものに全くひけを足らず、訪ねてきた人が、こんないいものを作る大工さんがいるのなら紹介してほしい、と言われて、まんざらでもない顔をしていたのを覚えている。母が何か家具で必要なものがあれば父がそれを作っていた。子供心に妙な反発心も手伝ってそんな父に反感すら持ったものだ。いつの間にか物置の奥には父の大工道具が何でも一応揃っていた。
数年前に父が亡くなって、倉庫を整理していたらその大工道具がでてきた。どれも随分と長い間使われなかったので一部は錆びていたりしたが、それを見ていると、自分で作るほうがいいものが出来るとひそかに自信を持っていた父の姿を思い出し、また、それに反発していた時分の事を思い出して胸が熱くなった。ほこりは被っていたがどれも道具別に整頓され、きちんと手入れがされていた。さすがの父も80歳を超えたあたりから大工仕事は出来なくなったのだろうが、いつかはまた使おうと思っていたのかもしれない。大部分は昔ながらの手仕事用の大工道具だったが、一部には電動工具もあった。それらをコンセントに差し込んでみるときちんと動き出した。最新の工具・機械から見れば少し騒々しいかも知れないが、どことなく武骨なその機械が動いているのをみるとまるで父が生きているようにも思えた。
先日、倉庫にあった家具を引っ張り出してみたら一部が腐食していた。よく見ると昔イタリア製家具として買ったもので、独特の趣がある。捨てるには忍びない。使えるところだけでも集めて再生してみようと思う。大工道具は何でもそろっている。あとは自分にものづくりのセンス(才能?)と父のような器用さがあるかどうか、だ。
レストアされた家具などのアンティーク品も展示されるロンドンオリンピア(見本市会場)
(Wikipedia)