インタ-ネット配信サービス「NHKプラス」では、総合とEテレ番組を放送後1週間以内に限り見逃した番組を視聴することが出来る。めったに利用しないが、一昨日放送された「神秘のヨーロッパ 絶景紀行「水辺の街の不思議な秘密」の後半にベニスが映っているというので、何とかIDとパスワードを思い出してのぞいてみた。タイトルがいささか大げさではあるが(ナレーションは「世界ふれあい街歩き」の乗り)、ベニスを遠くから眺めながら、あるいは日々の生活に密着しながらそこに住む庶民の視点からの映像で、やや冗長なところはあるもののよくできた番組だった。
20年ほど前、ベニスで一週間のクリスマス休暇を過ごしたことがある。ロンドンから着いたベニス・マルコポーロ空港、そこから小さな水上タクシー(モーターボート)で、12月らしい深い霧の出ていた鏡面のようなベネチア湾を通り、サンマルコ広場に近いホテルの前まで移動したのだが、それだけでも夢幻の世界(ベニスの魔法?)に吸い込まれたような気がしたものだ。
宿泊したホテルのすぐ近くにヴィヴァルデイが永く協奏曲長を務めたピエタ慈善院付属音楽院(後で建て替えられたものだが)があり、コンサートが催されていた。たまたまそこを通りかかった時、建物の前に何故か何匹かの野良猫が集合していて、そのうちの一匹がひょいと窓枠まで登り地面にいる猫たちを睥睨するように見回している。地面の猫たちはといえば両足をきちんとそろえて行儀よく聞き入っている(ように見えた)。この猫がこの近辺のボスだったのだろうか、まるで人間の世界でも見ているような不思議な光景だった。ベニスでは猫も別世界にいるのかもしれない。
この番組の最後には対岸にある墓地の島、サンミケーレが映されていた。そこには昨年ベニスで猖獗を極めたコロナウイルスの死者も葬むられているという。家族に看取られることもない悲劇、そして極めて今日的な光景。コロナは現代のペストか、コレラなのか、と問いたくなるところがあった。
この島の先にあるムラーノ島で買った金で縁取りされた華やかな、色彩鮮やかな花瓶。高い値段を払わされたかもしれない(ベニスの商人だから!)が、間違いなくこの島で買ったので少なくとも偽物ではないだろう。このガラスの花瓶は、日本での大震災も生き延びて今でも飾り棚の中に納まっている。そして、この花瓶を眺めていると霧の中から浮かび上がて来たベニスの街並みが思い出される。