回顧と展望

思いついたことや趣味の写真などを備忘録風に

流転

2021年02月02日 14時25分10秒 | 日記

ヴェルサーチのデザインしたローゼンタールの燭台の一つを探していたら、かつて食器棚の空白を埋めようとしてロンドンのアンティークショップで買ったローゼンタールの絵皿が出てきた。食器ではあるものの、装飾として作られたもので一度も使われた形跡はない。ふと気になってこの皿の裏を見ると、この絵皿(Rosenthal Ivory)はアメリカの陶磁器輸入販売商オビントン兄弟社(Ovington Brothers Co.)のために特注で作られたもの、と書いてある。

オビントン兄弟社は、1800年代中ごろからニューヨーク・ダウンタウンのフルトン通りに店を構えていた輸入販売業者。調べてみるとこの会社は不運続きの運命をたどっている。ヨーロッパからの洗練された陶磁器などの販売で順調に業容を拡大していたが、1883年冬に同社の旗艦店が火災に見舞われ建物は全焼、在庫の商品も被災してその損失は25万ドル(現在の価値で言えば1600万ドル)に達した。そんな不運にもかかわらず兄弟の必死の努力により、わずか11か月後には店を再開、その後はさらに繁盛して5番街にも店を出すまでになる。

しかし、この繁盛も長続きせず、1896年にはついに2万ドルほどの負債(現在の価額で61万ドル)を抱えて倒産、市当局・債権者に差し押さえを受けてしまう。その後オビントン家がこの店を引き継ぐのだが1920年には社名から兄弟が外され、オビントンとしてしばらく営業していた、との記録がある。この店の創業者であったオビントン兄弟3人の最後は1909年に死去している。兄弟を外れたオビントン社はその後どこかに買収されたか、廃業したかのいずれかと思われ、いつの間にか名前は消えてしまった。

この絵皿にはオビントン兄弟社特注とあるから、どんなに遅くても1920年前に製造されたものだろう。しかし、このオビントン社の運命を考えると果たしてこの絵皿が大西洋を渡ってニューヨークまで運ばれたかどうかは疑わしい。引き取り手がつかずにに宙に浮いたようになってヨーロッパ各地を転々としたのかもしれない。歴史にもし、という言葉はふさわしくないが、バイエルン(ババリア)で製造されたこの絵皿オビントン兄弟社に引き渡され、ニューヨークで販売されていたら、きっと違う運命をたどっていただろう。

金で縁取りされ、コバルトブルーの鮮やかなこの絵皿はそれを注文した会社の不運などとは関係なく、今もその美しさを失っていない。そして、何人の手を経たのかわからないがロンドンから、今では日本の食器棚の片隅に静かに収まっている。

 

 

 

 

コメント (2)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする