ロンドンに駐在していた1980年代の一時期、仕事が忙しくて毎日帰りが夜遅くなり精神的に余裕がなくなっていたころ、気分を変えようと時々週末に(どんなに忙しくてもさすがに週末は休みが取れた)あてもなく車で郊外の田舎道を走り、昼には通りかかった小さな町の中には必ずあるパブでビールを1パイント(568ミリリットル)とサンドイッチをつまむということをしていた。
当時は、1パイント程度のビールなら(それにアルコール度も低い)酒気帯び運転で検挙されたこともなかったし、また若くて体力もあったせいか一度も問題も起きなかった。当然ながら酒気帯びで事故を起こしたら大変なことになるが、酒気帯びだけでは検挙されることはなかったからだ。そんなふうに田舎道をドライブしていると頻繁に目についたのが、小さな集会所や教会の庭で開催されるアンティークフェアの看板。イギリスの骨董好きは何も大都市だけとは限らずイギリス全土にいる。そういった骨董好きが自分のものかあるいはどこかで仕入れてきて磨き上げたり来歴を調べたりしたものを転売するのがこのアンティークフェア、骨董市だった。
思い思いに割り当てられた小さなブースに店を広げ車に積んで持ってきた自慢の骨董品に値札をつけて並べて売っている。こういった骨董好きのひとたちは必ずしも売ることばかりに汲々としているのではなく、むしろ同好の士同士がお茶を飲みながらひがなよもやま話をしているというのんびりした、あたかも周りの田園風景に溶け込んだようなものだった。決して高価なものではないが、時には珍しい物が見つかることがあり、また、不意になぜか気になるものに出くわすこともあって楽しい。立ち止まって眺めていると店主がおずおずといった風にその品の来歴を解説してくれる。決して買ってくれとか、値打ちものだ、というようなことは言わない。むしろ、自分の骨董の知識を確認するような、そして少し自慢している風といってもいい。
大体気になって立ち止まったものは説明を聞くと(それほど高いものでもないので)せっかく解説までしてくれたのだから、という気持ちにもなり、つい買いたくなってくる。買おうとするとこちらから言わなくても大体1割くらいは向こうから値引きしてくれたものだ(少し高めに値付けをしていて良心がとがめるのか・・・)。そういったフェアを一日に2-3か所立ち寄ることもあった。特に集める品の分野を決めてはおらず、いわば衝動買いのようにして集めたものでもいつのまにか相当な数になってしまう。
今考えれば自分は車を走らせることに加え、小さな買い物をすることで一層ストレスの解消を図っていたようだ。(このことは日本に帰ってきてある時部下の女性から、私はストレス解消のために買い物をすることがあります、という話を聞いて納得したことでもある)。
そういった物を自宅で過ごす時間の長くなった昨今、しまい忘れたところから引っ張り出してみている。コバルトブルーガラス首の、白ダリアの花弁の周りを金と井鳥の葉で飾られている花瓶もその一つ。この花瓶は一見薩摩焼のようにも見えるが底を見るとれっきとしたイギリス製、ロイヤルドルトンが1920年につくった細首花瓶だった。ただ実際には一度も花を挿したことはない。少し変わった形と色彩にひかれて買ったのだと思う。