あおしろみどりくろ

楽園ニュージーランドで見た空の青、雪の白、森の緑、闇の黒の話である。

ジャパントリップ 8

2009-10-10 | 
 充実した数本を滑り宿へ戻る。
 部屋割りはスーとヘザー、女性で1部屋。僕とヘイリーとブラウニー、ムサ苦しい野郎ども3人で1部屋。
 部屋は畳敷きの和室。何処にでもある温泉旅館のそれだが、とにかく全てが珍しい。障子をまじまじと見つめ、襖を開けて中を覗く。開きの中に浴衣を発見。
「ヘッジ、これは何だ?」
「それはユカタと言ってな、バスローブみたいなものだ」
「着てもいいのか?」
「ちょうど良い。それを着て温泉へ行こう」
「行こう行こう。着方を教えてくれ」
「よし、2人とも服を脱げ。そしたらこれをこう広げてこう着る」
 僕は自分で実演しながら説明した。
「着たら帯をしめてできあがり」
 2人は子供のようにはしゃいで、お互いに写真など取り合っている。全てが初めてだ。
「よし、風呂へ行くぞ。タオルがあっただろ。それを持って行け」
「バスタオルがないぞ」
「そんなもの使わないよ。体を洗うのも拭くのもそれでやる」
「ふーん、そうか。着替えは持っていくのか?」
「要らん。タオルを持ってオレについて来い」
「分った、オレたちオマエについて行く」
 風呂場でもヤツらの興味はつきない。
「男と女は別なのか。一緒のはないのか?」
「厳密に言うとここのは一緒だな。男湯と女湯が底でつながっている。がんばって潜れば女湯に行ける。今までに3人死んでるから、やるなら気を付けろ」
 温泉に浸かり体を伸ばす。ブラウニーが上機嫌でベラベラ喋る。
「あーあ、気持ちいいなあ。こりゃ天国だ。調子も良くなったし最高だあ。あのパウダー、あの薬が一番効いた」
「日本も悪くないだろ、ヘイリー」
「全くだ。グフフ。こんなオンセンはニュージーランドにないしな」
「オレも日本のオンセンがこんなに良いとは思わなかった」
「何言ってんだよ、ブラウニー。オマエは日本は2回目だろ。前回アカクラに行ったんだろ?」
「ああ。だけどオンセンは行かなかった」
「赤倉に行って?1回も?」
「1回も行かなかった」
「何やってんだろ。オマエねえ、そりゃ肝心なもの見逃してるよ、日本に来て」
「うん。オレもたった今そう思ったところだ」
「グフフフ」
 風呂を出ると次はおきまりのコース、ビールなのだ。
「悪くないだろ。パウダー、オンセン、ビール。これが快楽の3拍子だ」
「悪くない。全くもって悪くない」
 2人とも口をそろえて言う。
「晩は何がいい?ここのシーフードはウマイぞ。スシを食いながらサケなんてどうだ?」
「分った。思いっきり日本の店に連れて行ってくれ。なあヘイリー?」
「おう、グフフフ」



 夕方、全員でスシ屋へ向かう。
 スシ屋に入ると、カウンターで飲んでいた地元の人達が僕たちをジロジロと見た。ガイジンなんか滅多に来ることのない町だ。そりゃ、もの珍しいのだろう。
 奥の小上がりに陣取って、まずはビールを、そして注文。
「ブラウニー、馬の生肉があるぞ。食うか?」
 僕はあえてヘザーとスーの方を見ないように言った。
「何!そんなものがあるのか?食う食う。他に何がある?」
「クジラもあるぞ」
「それも頼む。人生は経験だ。オレは何でも食うぞ」
 へザーとスーが何か言いたそうな顔をしていたが、僕は知らん顔でブラウニーと話を続けた。
 以前ニュージーランド人の女の子と、イルカを食うという話でケンカになったことがある。こんな時は知らん顔をしているに限る。
 ブラウニーは鯨より馬刺しが気に入ったようで、パクパクと食べる。昨日までの弱り方が嘘のようだ。よっぽど今日の薬がきいたのだろう。
「このウマのサシミはいけるなあ。オレは馬がこんなにウマイとは思ってもみなかった。他にどんなものがある?」
「魚の精巣、ゼリー魚、深海魚のハラワタ、海の雑草」
 直訳するとグロテスクだがなんてことは無い。白子、くらげ、アンキモ、海藻のことだ。
「うちの地元じゃあ今でもイルカを食うぞ」僕は言った。
「だって中国行けば蛇とか蛙とか犬とか食うしな」
「そうだ。それがヤツラの食文化なんだ。そしてこれがオレたち日本の食の文化なんだよ」
 僕はテーブルの上を指差して言った。
 ヘイリーが深く頷いた。
「それはそうと、ヘイリー、オマエいつまでもビールでいいのか?サケはどうだ?」
「ああ、サケをもらおう」
 照れくさそうに笑いながらヤツは言った。その顔を見てピンときた。
「オマエもっと早くからサケを飲みたかったんだろう。遠慮しないでサケが良かったら言ってくれ。なんなら乾杯からサケでもいいんだぞ」
「おう、ありがとよ。グフフフ」
 サケが来ると僕はまた説明をした。
「いいか、日本ではサケは注いだり注がれたりするんだ。注ぐ時は『まあまあまあ』と言いながら注ぐ。注がれる方は『どもどもども』と言いながら受ける」
 西洋の文化では注いだり注がれたりという文化はないので、みんな大喜びでマアマア、ドモドモとやり始めた。このマアマアドモドモの儀式は僕らが帰るまで毎晩続いた。

 座が乱れ始めた時、ヘイリーがフラフラとカウンターの方へ歩いていき、ある男の横の空いている席に座り何やら一緒に話し始め、あっという間にカンパイとなってしまった。
 面白そうなのでそのままほっといたら、へザー達も次々とカウンターで地元の人達と飲み始めた。とても面白そうなのでそのままほっておいた。
 しばらくするとヘザーとスーが目をキラキラさせてやって来た。
「ヘッジ、あたしたち日本語の名前がついたの」ヘザーが言った。
「そうか、良かったな。で、何て名前だ?」
「あたしはハナコよ」
「花子ねえ。そりゃまあ、何て言うか、今はあまり使われないけど、昔からある伝統的な名前だな。フラワーチャイルドだ」
「嬉しいわ、前から日本人に分りやすい名前が欲しかったの」
 確かにへザーのザはTHEのザで、日本人には発音しにくい。日本語名がついて大はしゃぎである。よっぽど嬉しかったのだろう。この女がこれほど喜んでいる姿を見るのは初めてだ。
 スーも嬉しそうに言った。
「あたしはユリコ」
「それも日本的な名前だな。リリーチャイルドだ」
 2人はハナコ、ユリコ、と呼び合いながらカウンターへ戻っていった。
 入れ替わりにブラウニーが来て言った。
「ワタシワ、カショク、デス」
「何だそりゃ?」
 誰かの電子辞書を持って来てヤツがみせた。どうやら褐色のことらしい。
「ブラウンはカショクじゃないのか?」
「褐色だろう。カッショク」
「ワタシワ、カッショク、デス」
「うーん、でもそれを言っても誰も名前だとは思わないぞ」
 人が持っているものは自分も欲しい、という実に分かりやすい精神構造である。
 ヘザーとスーが大喜びで日本語名を呼び合っているので羨ましくなったのだ。40にもなってまるで子供だ。
「ブラウンは他に言葉は無いのか?」
「茶だとお茶になっちまうしなあ。茶色は名前にならないしなあ。無いよ。あきらめろ」
「じゃあオレはどうすればいい?」
「ブラウニーで通せよ。ワタシワブラウニーデス、でOKだよ。ブラウニーは日本人でも発音しやすいから大丈夫、大丈夫」
 子供ならここで『いやだ、いやだ。○○ちゃんが持っているから僕も欲しい』と床に転がって足をバタバタやって泣き叫ぶのだろうが、さすがに40の男はそこまでやらず、つまんないなという顔をしてシブシブ席に戻っていった。
 その間にもマアマアドモドモは続き、ローカルスノーボーダーなども座に加わり、いっそう賑やかに能生町最初の夜は更けていった。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 7

2009-10-09 | 
 海沿いの道から折れ、谷を奥へ進む。
 能生谷である。
 三年ぶりの景色は懐かしく僕を迎えた。
 能生味噌の看板も同じ場所に立っている。脳ミソと僕らは呼んでいたが、とてもウマイ。こんなミソで朴葉みそなど作ってみたいものだ。
 谷の出口付近からはスキー場はまだ見えない。
 さらに進むと豆腐の無人販売がある。小さな冷蔵庫に数種類の豆腐、豆乳があり、客はお釣りが必要な時は容器から取っていく。クライストチャーチ郊外のアスパラの無人販売は数年前に鍵付きの箱に変ってしまった。ここは今でも鍵は無いのだろうか。
 この豆腐がまたウマイ。僕が一番好きなのはおぼろ豆腐だ。能生はウマイものだらけだ。
 谷を上るにつれ、車の窓に当る雨に固形物が混ざる。白い粒は標高の変化と共に水気がなくなり、みるみるうちに雪に変わる。道端の雪の壁が高くなる。



 学校帰りの子供にブラウニーが笑顔で手を振る。
「ブラウニー、それぐらいにしとけ。日本では学校で子供に『知らない人に挨拶をしてはいけません』と教える。誘拐とか殺人とかが多いからだ」
「ひどい話だな。それならこのオレみたいに『挨拶だけする良い人もいます』って教えてあげなくちゃあ」
 そう言うと車の窓を開け身をのりだし、通る子供にハローハローとニコニコしながら言うのであった。子供達が目を丸くして見ている。
 雪の壁はどんどん高さを増し、民家も少なくなる。そして対岳荘到着。僕らの一週間の家である。



 この宿は親子2代でやっていて、三年前は僕もよくお世話になった。
「皆、この人がここのシャチョー、意味はボスだ。彼がボスだぞ」
「ハロー、シャチョー」
「ハロー、ボス」
「うんうん、まあ良く来たね」
 シャチョーは前と全く同じ笑顔で僕たちを迎えてくれた。
 挨拶もそこそこに、荷物を広げ滑りに行く準備をする。皆パウダーが好きな連中なのでこんな時の行動はおそろしく早い。
 対岳荘のある集落は柵口という。ませぐちと読む。
 この辺りでも雪は充分深い。さらに次の集落、西飛山。この谷の最終集落である。高くなった雪の壁は家を包み込む。
 ブラウニーがあきれたように言う。
「こんなに雪が深いとは思わなかった。ぶったまげたよ」
「そうだろう。これでも昔に比べるとはるかに雪は少なくなったらしい。まだまだもっと深くなるぞ」
「本当か?確かにこれはすごいな」
 さらに谷を上がりスキー場の近くまで来ると雪の壁は3m以上になる。カーブミラーが雪に埋まり頭だけ覗かせる。
「こんなに雪が深い所に来たのは初めてだわ」
 へザーが溜息混じりに呟いた。



 道にはすでに雪が積もり、除雪車が作業をしている。
「ブラウニー、このマシンはここではピーターと呼ばれているんだ」
「ピーター?何故ピーターなんだ?」
「知らん。だけど人々は皆ピーターと呼ぶ」
「分った。ハローピーター、アハハハハ」
 運転手にニコニコと手を振る。すっかりご機嫌だ。
 一台のブルドーザーが除雪をしているので後ろにつく。運転手は快く道を譲ってくれた。
 パンチだ。向こうも気が付いたらしい。手を上げて挨拶をする。
 パンチパーマがトレードマークで、あだ名はそのままパンチ。気のいい兄ちゃんだ。彼とも何度か酒を酌み交わした。
 知った顔を見るのは嬉しい。この景色といい、そこで働く人といい、全てが三年ぶりだ。
 スキー場の正面玄関を入るとスクール受付カウンターがある。そこには名古屋の空港で見たジグザグマンの看板が。そして吹き抜けのホールには特大のジグザグマンが居た。ヘイリーは照れくさそうだ。



 ここでJCが迎えてくれた。
 JCと僕はもう何年の付き合いだろうか。日本人だがJCなのだ。
 福島、岐阜、そして新潟のスキー場で一緒に働いた。スキー場の寮に住んでいたので仕事も風呂も酒を飲むのも飯を食うのも寝るのも(ベッドは別だ)一緒で、文字通り24時間顔を付き合わせるという生活を何年もした。ニュージーランドでも友達の家の庭にテントを張って寝起きし、そこから一緒にクラブフィールドへ通った。
 今はここシャルマン火打でスキーパトロールを勤める。
 もともとヤツはスノーボーダーだったのだが、今ではすっかりスキーヤーになってしまった。その原因はどうやら僕にあるらしい。
 クラブフィールドへも僕と同じ時から出入りを始めた。今回のメンバーを選んだのもJCだ。
「皆がここに居る事が信じられないよ」
 僕だってそうだ。
「夢は実現するのよ」
 ヘザーが言い、全員が頷いた。
 リフト終了まであまり時間が無いのですぐに滑りに行く。ここからはJCがガイドなので気が楽だ。僕は久しぶりの日本の雪を楽しむことにしよう。
 友達のアレックスから買ったばかりの新品の板で、半年ぶりの1本目からパウダーか。やれやれ僕のスキーのスタイルも全く変わってないな。滑べり出して数秒で勘はよみがえる。と言うより、そうせざるをえない。目の前にはパウダーがあるのだ。ゆっくり足慣らしなど真っ平ごめんだ。快楽に身を任す。
 JCが皆を引っ張ってくれるので、僕はちょっと外れてお気に入りのラインへ。
 僕のカンはまだまだ鈍っておらず、細かな斜面変化も完全に覚えていた。ちょっとトラバースをして斜度のきつい面を行く。
 板が雪を押し分けて潜り、雪の抵抗を受けてしなる。ナルホドこれが竹の力か、気持ちいいぞ、これは。
 今回僕が使っている板はキングスウッドというメイドインニュージーランドのスキー板だ。ブラウニーの友達のアレックスが自分で作っているハンドメイドのスキーなのだ。
 アレックスはやはりクラブスキー場に出入りしていて、このキングスウッドはクラブスキー場で生れた。試行錯誤を繰り返し、芯材に竹を使っている。まだこの世に100セットぐらいしかこの板は無い。僕の板は黒地に赤黄緑の帯が入ったヘッジスペシャル。世界に1本だけのスキーである。
 今は奥さんのクリスと北海道のニセコに行っていて、明日合流することになっている。
 誰も踏んでいない雪に、自分の板を潜らせる。板で押された雪が胸まで跳ねあがる。ただひたすら、快感なのだ。
こんなに楽しいことを追い求めた結果、再びこの雪を踏む事ができた。ありがたや、ありがたや。
 足に絡みつく雪の抵抗に負けないよう、より落差の大きい場所を選ぶ。それなりのスピードも必要だ。新雪という自然からの贈り物をありがたく味わう。
 新雪の中の浮遊感というものはなかなか説明するのが難しいが、パウダーを好きな人なら必ず分かり合える世界がそこにある。
 僕はサーフィンはやらないが、良い波に乗る、というのもたぶん似たような感覚だと思う。サーフィンは波の力と水の抵抗、スキーは重力と雪の抵抗というように若干の違いはあるけれど、共に自然の中で遊ばせてもらう事に変りは無い。冬にスキーやスノーボードをする人で、夏にサーフィンをする人は多い。へザーもヘイリーも夏はサーファーだ。
 雪山と海、両方の世界を良く知る人を羨ましく思う。



 リフトに乗り再び上へ。
「どうだ、ブラウニー?日本の雪は?」
「最高。オレにはなによりの薬だ。もう完全に治ったよ」
「な、日本も良い所は良いんだよ」
「ありがとう。オレを連れてきてくれて」
「まだ礼を言うのは早いぞ。まだまだ楽しみはこれからだ」
「次の1本は何処へ行く?」
「そうだな。さっきはこの左手の斜面を滑っただろ。次はたぶんリフトを挟んで反対側の面だな。あそこに沢があるだろう。あれは『オレの谷』だ。JCが最初に滑った時に、オレの谷だって思ったそうだ。それ以来、オレの谷」
「オレの谷か、いいじゃないか。ヤッホー、オレは治ったぞ!100パーセントだ!」
 降りしきる雪の中にブラウニーの叫びが吸い込まれた。
 2本目はオレの谷である。ドロップインの辺りはストンと落ちていてその先は見えない。こんな時は地形を知っているローカルが有利だ。僕も以前のカンを頼りに目印の杉の木の脇から飛び込む。
 見覚えのある木が見覚えのある場所に立っている。このコースを何十回滑っただろう。以前と全く変っていない斜面に懐かしさを感じながら滑る。当然のように何処が踏まれて、何処が残っているのかも分る。あとは現場で調整をしながら、快楽の渦に呑まれるのみ。
 充実した数本を滑り宿へ戻る。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 6

2009-10-08 | 
 次の日は移動日である。ゆっくり観光をしながら能生に行けばよい。朝はのんびりと過ごす。ブラウニーの状態が目に見えて良くなっている。
「さあブラウニー、朝の薬の時間だぞ。今日も又これを飲め」
「え~?また飲むのか?オレはもう治ったよ」
「ウソをつくな。騙されたと思って飲め」
 皆がニヤニヤ見守る中、ヤツはシブシブ薬を飲んだ。
「ちょっとはヘイリーを見習え。ヤツはどこも悪くないのにコップ一杯飲んだぞ」
「グフフフ」
「だけどズルしてな」
 ブラウニーが不服そうに言った。
「ちょっと苦かったからマヌカ蜂蜜を入れてな。グフフフ」
「なーんだ、ズルしたのか」
「見ろ、こいつはこういうヤツだ」
「グフフフ」
 ブラウニーも軽口を叩けるぐらいならもう大丈夫だろう。

 安曇野のハヤピの家を朝も遅く出発。
 日本人3人、白人3人、マオリ1人、犬2匹プラス荷物たくさん。
 車を3台で連ねて先ずは白馬へ向かう。ハヤピの車には犬が2匹、テツの車にはヘイリーとヘザー、僕が運転するジムニーにはブラウニーとスーが乗り込んだ。
 空には多少晴れ間が覗いているが今日も山は見えない。
 雪に覆われた田畑、葉を落とした林檎の木、うっそうと暗い杉林、瓦葺の農家。どこにでもある日本の冬だ。
 だが3年の間、ニュージーランドの野山を歩いてきた僕にはとても新鮮に見える。僕はニュージーランドに住む人間の眼で日本を見ていることに気が付いた。
 今まで気が付かなかった日本の美しさがある。景色は何も変っていない。変っているのは自分自身なのだ。

 車は白馬に差し掛かる。先ほどまでの僅かな青空は消え、厚い雲が空を覆う。ちらほらと雪も降り始めた。国道沿いからスキー場のゲレンデが見え隠れする。
 横のブラウニーが身を乗り出して外を覗く。
「この辺りが白馬だ。長野オリンピックでも幾つかの競技をやったはずだ」
「ヘッジはその時は何処に居た?」
「近くのスキー場で普通にスキーパトロールをしていた。オリンピックはテレビで見ただけだ」
「ニュージーランドチームの通訳でもやればよかったのに」
「真っ平御免だね。そんな堅苦しい事やりたくない。それよりオレはこうやっていい加減な英語でオマエたちをガイドしている方がよっぽど良い」
「そりゃそうだろうな、アハハハ」
 昼近くにテツの携帯にシャルマンのスタッフから連絡があった。向こうはドカドカ雪が降っているそうだ。早く来いとのこと。
「皆、聞いてくれ。シャルマンは結構降っているそうだ。予定を変更してこのままスキー場へ向かう。昼飯は各自スーパーで買って車の中で食ってくれ」
 現場の人が、状態が良いと言うのだ。従わない手はないだろう。こうやって移動中でも携帯電話で状況が分かり、行動に移す事ができる。文明の利器とは便利なものだ。
 白馬を越えると周囲の雪は深くなる。灰色の雲が低く広がり、雪が激しく降ってきた。
「見ろブラウニーこれが典型的な冬型の天気だ。ニュージーランドと似ているだろ」
「ああ、全くだ。ここは海岸線まで雪が降るのか?」
「そうだ。昔は海岸線の町まで雪が積もったが、今では暖冬で雪はあまり積もらない」



 谷間を雪崩トンネルが延々と続く。トンネルと言っても山をくりぬいて掘ったものでなく、片側は隙間があり外が見える。このトンネルの長さが、ここの雪崩の凄さをあらわしている。
 皆雪山に関わる人なので、この自然の厳しさ、そこに住む人の努力が分るのだ。車内にため息混じりの感嘆の声が響く。
 狭い視界の向こう、深い谷間に激しく雪が降る。色の無い世界が美しい。
 車は糸魚川市内に入る。雪の壁は消え、降る物も雨に変る。谷が広がり空も広くなる。
「オレはねえこの土地の雰囲気がグレイマウスそっくりに感じられるんだ。谷を下って海に出る所なんかそれっぽいだろ。
「ナルホドな。じゃあさっきのトンネルはアーサーズパスだな。ここからはどう行くんだ?」
「海岸線を北上し別の谷を上がる。その奥にスキー場がある」
「フーン、面白そうだな」
「ぶったまげるよ、たぶん。それはそうと腹の具合はどうだ?」
「大分良くなった。あの薬を又飲まなきゃならん、と思うとゾッとするから早く治るのだろう」
「そりゃ結果的にあの薬が効いている事になるじゃんか?」
「うん、まったくだ。オマエを完全に信用するよ。だからもうあの薬を飲ませないでくれ」

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 5

2009-10-07 | 
 神社の前にはこれまたヘイリーが喜びそうな古道具屋がある。ヤツなら2~3時間は簡単に過ごせるだろう。そう思った矢先にヤツが言った。
「ここなら1日ぐらい簡単に過ぎちまいそうだ」
 スーが土産に下駄スケートを買いたいと言い出したので一つの店を覗いた。
 文字通り下駄にスケートがついているのだ。スケートが盛んなカナダにはいい土産になるだろう。
 商品はまだ外に出してあるのだが、店の主人は仕舞支度をしていた。
「あのーすいません。まだいいですか?」
「今日は用事があるので閉めようと思っているのだがね・・・」
「外の下駄スケートが欲しいんですが・・・」
 冷やかしじゃない客だと分かって主人は急に愛想が良くなった。
「まあまあ、いらっしゃい。あなたが買うの?お国はどこ?カナダなの、そう。このスケートは40年位前の物だね。わたしもねえ何年も前にお城の堀で滑った事があるよ。松本城はもう行った?そうあのお堀ね。その時は氷が薄くて落ちちゃったのだよ」
 オヤジが言った事を一々僕が訳してスーに伝える。スーはクスクスと笑う。若い娘に話がウケるものだからオヤジの話は止まらない。
「このスケートは鼻緒の所でつま先を固定するだけだから足首が浮くでしょう。だからこういう紐で足首を固定する」
 オヤジは店の奥からゴソゴソとテープスリングのようなヒモを出してきた。
「これは真田紐って言うんだ。分かる?サナダヒモ」
 スーが真似する。
「サナダヒモ」
「そうそうサナダヒモ。これもおまけにつけとくから家の人にも使い方を教えてあげて。ありがとうございました」
 主人は実に愛想良く僕等を送り出した。



 帰りにはブラウニーの為に薬屋へ寄る。薬屋といってもよく郊外にある大型のスーパーみたいな薬局である。
 ヘイリーがバンドエイドを欲しいと言うので2人で探しに行く。
 売り場に来て僕達は顔を見合わせた。あるわあるわ、大きいのから小さいのまで。色は透明な物、肌色、カラフルな物、娘が喜びそうなキャラクターの物。形だって細い物、四角い物、指先用に特殊な形をしている物、耐水性の物。バンドエイドだけで何十種類あるんだ。あまりの物の多さに圧倒されてしまうのは僕だけではなかった。
 ここで僕は千振を買った。千度振り出してもなお苦いのでこの名前がついている薬草である。健胃材であり非常に苦いがこのにがみは飲みつけると病みつきになる。夏の暑いとき、この煎じ汁を冷やして何リットルも飲んだがお腹をこわしたことは無かった。
 東洋医学をブラウニーの体で試したいのと、この恐ろしく苦い薬をヤツがどんな顔で飲むのか見たいのと半々の気持ちで薬を買った。
 帰ってみるとブラウニーがテレビを見ていた。朝より調子は良さそうだ。
「どうだブラウニー調子は?」
「だいぶマシになったがまだ本調子じゃないよ」
「よし、オレが東洋医学を見せてやる。郷に入れば郷に従えだ。オレに従え」
「分かった。オマエに従う」
 いつもなら一言多いこの男も今日は素直だ。
「じゃあこれを飲め。恐ろしく苦いぞ。日本の諺でこんなのがある、良薬口に苦し」
 僕は湯呑に並々と煎じ薬を入れヤツに渡した。ヤツは恐る恐る舐めてみて期待通り苦虫を噛みつぶしたような顔をした。
「ウワッ、スゴイ味だな。これを全部飲むのか?」
「そうだ、全部飲め。ここではオレに従え」
 僕はエラソーに言った。
「分かった。ここではオマエに従う」
 ヤツはヨワソーに言った。そして本当にマズソーにシブシブ薬を飲み干した。横で見ていたヘイリーが言う。
「そんなにマズイのか?どれ、オレにも味見させろ。うーん、確かに苦いな。だけどオレは飲めそうだぞ」
 ヤツはその後コップ一杯飲んでしまった。




コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 4

2009-10-06 | 
 翌日ブラウニーがダウン。長旅の疲れと昨晩の台湾料理に胃をやられてしまった。多少熱もあるようだ。
 確かに昨日はハードだった。十時間以上のフライトの後、夜のドライブで安曇野のハヤピの家に着いたのは深夜を回っていた。その後でビールを飲んだりして、全員昨日の疲れが多少残っている。
「医者に行くほど悪いわけじゃあないけど、オレは弱っているよ」
 ブラウニーらしくない事を言う。ヤツが弱音を吐いたのを初めて聞いた。
 だが弱っているヤツに付き合って1日を棒に振るほど僕等はお人好しではない。
「そうか、じゃあオマエは1日寝てろ。オレ達は観光に行ってくる。夕方戻ってくるからな。それまでおとなしくしてろ」
「ああ、そうしてくれ」
 ブラウニーは元気無く応え、ヘイリーが追い討ちをかける。
「パウダーの日じゃなくて良かったな。グフフフ」

 さて僕らは安曇野観光である。自分も案内される身なので気が楽だ。
 まずは山葵田。ワサビはニュージーランドでもわりと人気があり、皆良く知っている。
「この辺りは扇状地で伏流水が流れているのです。2,3mも掘ると水が湧き出すのでそれを利用して山葵を作っているのです」
 ハヤピが説明して、それを僕が訳して伝える。ヘイリーが言った。
「西海岸でも育てている所があるぞ。そこもきれいな水が流れていたな」
道端の地蔵を見てヘザーが尋ねた。
「ヘッジ、これは何?」
「うーん、それはねえ・・・」
 何て説明しようかと考えていたらすぐに彼女が続けた。
「八百万の一つ?」
「そうそう。八百万のうちの一つ」
 僕はあらかじめ皆に日本は八百万の神の国だと説明してあった。
 それ以後僕は自分が分からない物、英語で説明できない物、説明するのが面倒くさいものは全て八百万の一つで通した。
 綺麗な流れの側には水車小屋がありへイリーが珍しげに眺める。
「そうか日本の建築の壁は土と草を混ぜ合わせて作るのか。この水車は製粉に使うんだろう?ナルホド」
2月半ばの安曇野は冷たい雨が降り、周りの木も葉を落とし寒々とした雰囲気だ。日本の冬は寂しい。
 僕は物悲しいほど寂しい風景を見ながら、わびさびの世界をどうやって英語で言うのだろうなどと考えていた。

 松本市内で信号待ちをしているとヘザーが尋ねた。
「この横の場所は何?刑務所か何か?」
 土のグラウンドの向こうにコンクリート製の建物が並ぶ。グラウンドの周りをグルリと背の高いネットが囲む。日本のどこにでもあるような学校だ。まあ刑務所に見えなくも無い。
「何言ってるの。これは学校だよ。そうだよねえ、テツ」
 テツが笑いながら言った。
「これはね、ハヤピが行っていた高校」
「ワハハハ。へザー!ハヤピが行ってた学校だってさ」
「アラ、アラ、どうしましょう」
 彼女が実にきまりの悪そうな顔をした。助けを出してやる。
「日本は土地がないだろ。学校の敷地ギリギリまでグラウンドなのさ。中のボールが飛びださないようにフェンスが高いんだ。それにな、日本の学校のグラウンドは土だぞ。芝生のグラウンドなんかどこにも無い」
 ニュージーランドの学校ではどこも芝生で土のグラウンドは無い。初めてニュージーランドに来た時には学校どころか公園のグラウンドがすべて芝生で、無料でそこを使えるということに驚いたものだ。小さい頃から土で擦りむく心配など無く思いっきりタックルができるような環境では、ラグビーが強くなるはずだ。

 次は松本城である。ここは観光地なので英語の案内やパンフレットがあり、皆は僕のいい加減な通訳を聞かなくてすむ。
 ニュージーランドは歴史の浅い国なので、こういった何百年も経っている建造物は珍しい。特にヘイリーは自分で家を建てるくらいだから建築に興味津々で、感心しながら眺めている。
 天守閣まで登ると松本市内が一望できる。大きさはクライストチャーチと同じくらいだろうか。城の周りには近代的なビルが並ぶが、当時は瓦葺の屋根が目下に広がっていたのだろう。街はさぞかし美しかったはずだ。
 晴れていれば山々も姿を現すのだろうが生憎の雨である。その雨の中、街を歩く。
 松本は城下町である。城を中心に街が広がる。昔は城を守るのを兼ねて街を作った。
 戦になって町は焼けても殿様を守ろうということだろうか。当時の主従関係を否定するわけではない。しかし今の世でもバカな政治家がとんでもない事をやり、そのツケが一般市民に回ってくるのは良くある事である。

 ともあれ松本の街は素晴らしい。
 特に僕が好きなのは市内を流れる川の付近、昔の街並が残っている辺りだ。
 人形屋は人形を売り、刃物屋は刃物に関する物を売る。そういった店があちこちにありブラブラ歩くだけで楽しくなる。
 そんな街の一角に登山用具屋がある。もちろん山道具を専門に扱う。
 店は周りの雰囲気に見事に溶け込んでいる。狭い店内には山スキーをはじめ山用品が所狭しと並ぶ。商品はどれも実用的でまさしく山の店だ。
 店の真ん中にストーブがあり居心地が良い。まるで雰囲気が山小屋で、店主はさしずめ山小屋のオーナーといったところだ。彼は50年以上もこの場所で店を開いている。僕がこの街に住んだら入り浸ってしまうのは間違いないだろう。
 昼を食べる時間を逃してしまったので近くのパン屋へ向かう。
 パン屋の中は半分が喫茶スペースになっており、その場で買ったパンを店内で食べることができる。ベーカリーカフェが日本にもあるのだ。
 コーヒーは300円から。ニュージーランドドルにすると3ドル50セントくらいか。なんだニュージーランドに居るのと変らないじゃないか。パンは100円ぐらいからあり、コンビニとさほど変らない。味のほうは言うまでも無くウマイ。
 ニュージーランドのパン屋も同じだが、パン自体の味が良いパン屋の惣菜パンはとてもウマイ。それでいてこの値段。店の人も幾つかおまけをしてくれてこれまた居心地が良い。僕が入り浸ってしまうのは間違いない。
 アブナイ、アブナイ。松本はアブナイ街だ。
 店主に尋ねると初代が100年近く前にアメリカで開店。その後、松本のこの地に店を構え、それ以来建物は新しくしたが同じ場所でやっている。
 店主は4代目だそうだ。優しげな笑顔の向こうに、仕事に誇りを持つ男の顔が見えた。

 近くには神社もある。これこそ八百万の神の場所だ。ヘイリーは建物をしげしげと眺める。見るものが全て珍しいのだ。一緒にいる僕も釣られてしげしげと見る。
 テツが僕に話し掛けた。
「この辺りの歩道はハヤピがデザインしたのよ」
「え~!ハヤピ!本当?」
「ええ。まあ自分がデザインしました」
「それをもっと早く言ってよ」
 僕がもしデザインなどしようものなら、ブラウニーより騒々しくみんなに吹聴するだろう。ハヤピはこんな時には自分から言わない。そんな人だ。
「みんな聞いてくれ。この辺りはハヤピがデザインしたんだって」
 全員その後は賞賛の嵐である。ハヤピの持つセンスを皆が認め、僕達の距離がまた近づいた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 3

2009-10-05 | 
 夕方の空港は海外から戻って来た人の安堵の気持ちと、これから見知らぬ所に行く人の期待が程よく入り混じる。
 ゲートを抜けるとそれに加え、人を待つ者の期待と、すでに会った人達の喜びとで雑多な雰囲気を作り上げていた。
 そんな中でハヤピとテツが僕達を待っていた。この夫婦が今回のイベントの企画、運営をする。このイベントの鍵となる2人だ。僕らは再会を喜び合い、メンバーとの初顔合わせとなった。
 ハヤピ達はシャルマン火打スキー場でスキースクールを運営管理する。3年前からの友達だ。彼らが2年前にニュージーランドに来た時も僕とJCがガイドになりブロークンリバーやオリンパスを案内した。その時の感動が忘れられなくて、今回日本初のクラブフィールドとの交流へと事が運んだのだ。
 今回最初の仕事、全員をまとめて日本に連れて行くという役割を果たして僕の肩が一気に軽くなった。
「いやいやどうもどうも。久しぶり、元気だった?」
「ひっぢ、お疲れさん。なかなか出て来ないから、何かヤバイ物でも持っていて捕まったのかと心配になったよ」
「物騒な事を言うなあ。ちょうどブラウニー達と中で会ってさあ。それで遅くなっちゃった」
 ハヤピ達は今回のイベントのために作った看板を持っていた。『アソボー シャルマン ブロークンリバーウィーク』という文字の横にはサングラスをした髭の男が並ぶ。
「ヘイリー!知ってるか?この絵のモデルはオマエだぞ」
 ヤツは明らかに驚いていた。まさか自分がそんなデザインのモデルになっているなんて夢にも思わなかっただろう。何週間も前からホームページではヤツの写真やプロフィール、ヤツをデザインした絵などが載っていたが、僕はどうせこの男はインターネットなど見ないだろうと思い黙っていたのだ。
ヤツは気を取り直し、デザインをまじまじと見つめグフフと低く笑った。どうやら気に入ったようだ。
 横にいたブラウニーが騒々しく言った。
「なあ!このヘイリー、ジグザグの男に似ていないか?」
 ジグザグとはNZで売っているタバコの巻紙で、そこに印刷されている男の絵にそっくりなのだ。
「似てる!似てるわ」
 へザーが同意してヘイリーがグフフと笑い、その瞬間キャラクターの名前はジグザグマンとなった。
 そんな僕らの盛り上がりを見てテツが言った。
「そんなに喜んでるなら、スキー場に来たらもっとびっくりするわよ」
「なんで?」
「あっちこっちに大きいのから小さいのまでたくさんあるから」
 面白そうなので皆には黙っていた。

 駐車場へ行く途中に地図があったので皆に言った。
「この空港は出来たばかりで、人工の島の上に作ったんだって」
「知ってるわ。カナダのテレビでやっていたわ」スーが言った。
「へえ、そうか。ヘイリー知ってたか?」
「いいや」
 どうせ僕はこの男と同じレベルだ。
 近代的な空港ビルを出て、僕達を乗せた車は高速道路をひた走る。このメンバーで日本に居る事がまだ信じられず、夢見心地で窓からの景色をぼんやりと眺めていた。
 名古屋市内へ入るとそこは光の渦である。色とりどりのネオンサインが瞬き、車のライトの波が動く。
 夜は当たり前に暗いニュージーランドの田舎に住む彼らの目にはどのように映るのだろう。この光の量ならたとえ晴れていても星は見えないだろう。
 僕は以前どこかの山小屋で一緒に星を見たイギリス人の言葉を思い出した。
「僕はイギリスで生まれ育ったけど、イギリスで天の川を見たことが無いよ」
「そういえば僕も日本で天の川を見た記憶が無いなあ」
「ここでは当たり前に見えるんだね・・・」
 ある場所で当たり前のことでも、違う場所に来れば特別な事となる。文明の明かりは空を覆い、星からのメッセージをかき消す。
 ひときわ派手なネオンを見てへイリーが尋ねる。
「パ・チ・ン・コ、パチンコってなんだ?」
 日本は2回目のブラウニーが応える。
「パチンコかあ、パチンコはギャンブルの機械さ。1人ずつ機械の台に向き合って座り、レバーを動かしてベアリングの玉を花の中に入れる。玉が入ると元の所にジャラジャラ出てくる。そうだよなヘッジ」
「そうそう、そんなのだ。日本人はパチンコが好きだ。オレは大嫌いだけどな」
「あの100って書いてあるのは1ドルショップか」
 100円ショップの看板を見てブラウニーが騒々しく聞いた。
「そうそう。なんで分かった?」
「なんとなくそう思った。オレ1ドルショップへ行きたい!」
「分かった、分かった。時間を見つけてな」
 その晩はハヤピの友達と一緒に台湾料理の店に行った。日本に来て早々中華というのもなんだが、まあこれから和食はたっぷり食べられるだろう。
 店の中で僕らのテーブルの横で中年の夫婦が煙草を吸い始めた。
 ニュージーランドでは今や公共の室内でタバコを吸える場所は無い。ましてやレストランの中で人が食べている横でタバコなど吸ったらどんな扱いになるだろう。
 堂々と煙草を吸うおじさん、そして当たり前の顔をしている他の客や店員を見て、やっと日本に来た実感が湧いた。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 2

2009-10-04 | 
 三年ぶりの日本は雨だった。
 夕闇迫る空港で地上で働く人にも雨は落ちる。外の暗さと対照的に空港内は明るくきれいだ。真新しい壁を見ながら、僕は日本に帰って来た実感が掴めないでいた。
 入国審査の所へ来て人々の列に並ぶ。へイリーとヘザーは外国人用、僕は日本人用の窓口へ行く。そこでようやく自分がヤツらとは違う立場にいる事に気がついた。
 到着便の案内を見るとブラウニー達の飛行機も今しがた着いたようだ。
 全員分の荷物が出てきた時に、へザーがブラウニーを見つけた。
「あそこにいるのブラウニーじゃないの」
「オーイ!ブラウニー!」
 僕らは大声で叫びながら彼の方に向かった。その場に居合わせた人達が何事かと僕らを見た。

 ジェフ・ブラウンというのが本名だが彼を知る人はブラウニーと呼ぶ。
 ヤツとの出会いは何年前になるのだろう。
 クラブフィールドに通い始めて数年、今思い越せば何も知らない時の話である。
 あるステッカーの存在に気がついた。5センチぐらいの大きさの盾形で、国道の標識をそのまま小さくした物だ。
 日本の国道標識は青地だがこちらは赤地、中には白字で73とある。
 国道73号線。南島の西海岸と東海岸をむすぶ主要国道だ。
 ニュージーランド南アルプスを越える車の道路は全部で4つある。トレッキングの道ならもっとたくさんあるが車の道は4つしかない。
 南から順に、テアナウからミルフォードへ行くザ・デバイド。ワナカから西海岸ハーストへ抜けるハースト・パス。そして73号線、アーサーズ・パス。このルートは鉄道も通っている。一番北はハンマー・スプリングス付近やマルイア・スプリングスを通るルイス・パス。
 73号線は南島最大の町クライストチャーチと西海岸最大の町グレイ・マウスをつなぐ。いわゆる主要幹線なのだが、日本のそれとはえらくちがう。
 クライストチャーチを出ると信号は全く無い。車の行き来は日中は多少あるが、夜はほとんどない。
 南島の人の少なさを実感できる道であろう。
 ブロークンリバー クレーギーバーン テンプルベイスンなどのクラブフィールドもこの沿線だ。
 地元のスキーヤーやスノーボーダーはこの73号線ステッカーを、ある者はヘルメットに、ある者はスキーに、ある者はブーツに貼っていた。
 当然自分たちも欲しくなったが、どこかで売っているのをみた事がない。
 ある時クレーギーバーンで、ヘルメットに貼っている女の子に聞いてみた。
「ねえねえ、この73のステッカー、これってどこかで売ってるの?」
「ああ、これね。これは売り物ではないのよ」
「へえ、よく人が貼っているけど何かの賞品?」
「話すとちょっと長くなるけど、このステッカーはある人が個人的に作っていて、この近辺のローカルだけもらえるのよ。もらい方もいろいろあるのよ。私の場合は晩ご飯を御馳走するって話になったの。だけど私は料理が得意じゃないので、フィッシュ・アンド・チップスを彼の家に持っていったわ。それでステッカーをもらったの。まあ一種のゲームのようなものね」
「なるほど。で、誰が作ってるの?」
「スプリングフィールドのジェフ・ブラウンという人よ」
「フーン、そういうことか。ありがとう」
 ヤツの名前をはじめて聞いたのはこの時だった。
 しばらくたったある日、JCがニコニコしながら寄って来た。
「ヘッジ、これ見てよ」
 ヤツはおもむろに財布から73号線ステッカーを取り出した。
「あー! どうしたの、これ?」
「いいだろ。この前さあ、オリンパスへ行った時にジェフ・ブラウンっていう人に会ったんだ。それでステッカーの話になったのさ。そしたらJCはこの辺でよく見るからこれをつける権利があるだろう、って言ってこれもらったのさ」
「いいなあ。オレも欲しいなぁ」
「へへー、いいだろ。オレは実力で手に入れたんだからね。さて何処に貼ろうかな。やっぱヘルメットかな」
「なろー、こんちくしょう。友達がいが無いなあ」
「はっはっは。まあ君も頑張ってくれたまえ」
「いーよ、がんばるよ。今に見てろよ」
 彼との対面は思ったより早く訪れた。
 ブロークンリバーのパーマーロッジでくつろいでいると彼がやってきた。
「ハロー、よく見る顔だな。オレはジェフ・ブラウン。ブラウニーと呼んでくれ。よろしく」
「ハロー、オレはヘッジ。JCの友達だ」
「そうか、お前がヘッジか」
 しばらく世間話をしたあと、ステッカーの話をきりだした。
「ねえ、この73のステッカー、君が作っているの?」
「ああ。この辺のクラブフィールドはほとんど73号沿線にあるだろ。この辺で滑るやつらに配ってるんだ」
「クレーギーバーンの娘に聞いたら、フィッシュアンドチップスを持っていったと言ってたぞ」
「うーん。彼女の時はなにかもらったんだ。だけどヘッジ、お前もローカルだろ。これをあげよう」
 彼は財布から一枚のステッカーを出した。
「えー!いいの?ホントに?ありがとう」
 それがブラウニーとの出会いであった。

 JCはヘルメットに、自分は車にステッカーを貼り数年が経った。
 その間にもブラウニーとのつきあいは続いた。
 ある年、ブロークンリバーでヤツと酒を飲みながらこんな話になった。
「ヘッジ、お前はクラブフィールドに来始めて何年になる?」
「オレもJCも9年めだ。ブラウニーは?」
「今年で20年だ」
「そりゃ長いな。オレたちの大先輩だな。それでどこかのメンバーになってるのか?」
「いいや。チルパスで滑っている。オレはチルパスができた時からのお客さんだよ」
 チルパスとはシーズンパスの会社で、あちこちのクラブフィールドと契約している。
「へえ、オレはチルパス2年目だけど、このパスはいいよね。今まで行った事のない場所に行く機会を与えてくれたよ」
「うん、そうだな。それで、オレは今年からブロークンリバーのメンバーになるつもりだ。今までどおりチルパスも買って、あっちこっちのスキー場で滑るけどな」
「オレは一昨年ブロークンリバーのメンバーだったけど、やめちゃったよ」
「うん。まあ聞けよ。ここ数年のクラブフィールドの変り様は分かるよな」
「とにかく、人が増えたよね」
「ああそうだ。この前なんかここで200人だぞ。200人! どう考えても多すぎる。そうすると、変なヤツも来るようになるんだよ」
「オレ、オリンパスでチケット買わないで滑ってるヤツ見たよ。パトロールに捕まってた。そいつは別のスキー場のシーズンパスを持ってるなんてほざいてた」
「だろう そういうクソ野郎も来るようになるんだ。ここからが本題だ。こんな状態が続くとどうなると思う?どこかのスキー場は、クラブメンバーだけにしようと言い出すかもしれない。ビジターは完全予約制にしてな」
 ヤツはビールをあおり電話を取るマネをした。
「リーンリーン、はいブロークンリバーです。当スキー場はメンバーのみ入場できます。ビジターの方は予約が必要です。他を当たってください」
 次のスパイツを開け、ヤツは続けた。
「どうだ、こんな時の為の保険じゃあないけど、将来ありえない話でもないだろ」
「そうだな、オレもまたここのメンバーに戻るのを考えていたんだ」
「お前がメンバーになるなら喜んで歓迎しよう」
「その言葉はうれしいな。じゃあ我々の将来にカンパイをしよう」
「チアーズ」
 そして次のビールを開け、ブロークンリバーの夜はふけるのであった。

 その年、10月も半ばに差し掛かり、ほとんどのスキー場はクローズした。
ブロークンリバーもクローズする日、山に篭っているJCを迎えに山に上がってきたが、コンディションは最高。結局最終リフトまで滑ってしまった。
 その後はスタッフもローカルも山を下る。
 アレックス、ブラウニー、ヘイリー、JC、いつものメンバーだ。
 自然と夏はどうする?来年会おうぜ。などの言葉が飛び交う。
「ヘッジ、今年はいい年だったな。これがオレの連絡先だ。また会おう」
 そう言うとブラウニーは財布からなにかを取り出し手渡した。
 それはヤツの名刺、そして73号線ステッカーが2枚。
「そうか このステッカーはこうやってもらうものなんだ」
 JCが後ろでつぶやいた。
「なあJC、ヤツとは長い付き合いになりそうな気がするよ」
「オレもだ」
 そんな冬の終わり方もあった。
 その時の予感は外れることなく、ヤツとはつきあい続け、今ではヤツはブロークンリバーのクラブキャプテンでもある。
 クラブフィールドに出入りする人間の中で、僕が最も腹を割って話しができる男だ。今回のイベントも、元はと言えば数年前にブラウニーが冗談半分に言い出したものなのだ。

 もう1人、ブラウニーの友達でカナダ人のスー。彼女は以前クラブフィールドの一つ、テンプルベイスンでスキーパトロールをしていた。テンプルベイスンはヘイリーがブロークンリバーで働く前にパトロールをしていた場所だ。今回はこのイベントが面白そうということで参加した。
 今年のニュージーランドの夏、ブラウニーはカナダでパウダー三昧という、頭にくるぐらい羨ましい生活をしており、カナダからスーと一緒に僕らと合流したのだ。
 全ての駒が揃った。
 僕らのジャパントリップが今始まった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジャパントリップ 1

2009-10-02 | 
2006年2月
 西海岸からのバスは定刻通りクライストチャーチのバス停に着いた。
 窓の向こうにヘイリーの髭面の笑顔が見える。
 数ヶ月ぶりの再開に固い握手を交わす。
 まあ何はなくともまず一杯、ということでパブに向かう。都会の喧騒の中でこの男と向かい会って飲むのも悪くない。
 ビルの隙間から狭い青空が顔を覗かせ、スパイツオールドダークの苦味が場を盛り上げる。
「それにしてもクライストチャーチは都会だな。車が多いよ」
 西海岸に住む人がそう思うのも無理は無い。特にヘイリーの家の辺りは一日に車が数台しか通らない。
「今からそんな事言っててどうする。日本はこの数百倍の車の量だぞ」
「ヒュー、すごいな。ヘザーやブラウニーとは連絡を取っているか?」
「うん。ヘザーとは明日の朝オークランドの空港で落ち合う。ブラウニーは一昨日ぐらいに電話がきた。全て順調だって」
「うちにもメールが来た。カナダはすごい雪らしいな」
「今までの人生で一番深いパウダーだってよ。くそったれって言ってやった」
「グフフフ、日本もいい年なんだろ。JCから連絡はあるか?」
「いいや、ほとんどない。ヤツもお前さんと同じで連絡をしない男だからな、分かるだろ?」
「グフフ、まあな。クィーンズタウンの暮らしはどうだ?」
「今年はいいよ。忙しいのは相変わらずだけど、ヘナレの家の居心地が良くてなあ。湖とセシルピークとウォルターピークが見渡せるんだ。街に背を向けてるから街灯なども少ないし、気分は山小屋だ。ほとんど街には出ない」
「そうか。そうだろうな」
 87年、初めてワーキングホリデーでこの国に来た時、僕はクィーンズタウンのお土産屋で働いていた。ちょうどその年にヘイリーはクィーンズタウンでマオリの彫り細工をやっていた。その時には僕らは会っていないのだが、酔っ払うと「あの時はあそこにガラの悪い酒場があった」などと昔話に花をさかせるのだ。
 ヘナレとは僕のフラットメイト、日本語でいうと同居人だ。不動産業の傍ら夏はフィッシングガイド、冬はヘリスキーガイドをこなす。へイリーもヘナレもニュージーランドスキー業界で働く数少ないマオリだ。2人は数年前にブロークンリバーで会っており、お互いに良く知っている。
 僕はビールを呷り、続けた。
「それにな、隣にマオリの若いやつ等が住んでいて、これがまた良いんだよ」
「ほう、どんなふうに?」
「奴等はほとんど毎晩ギターを弾いてマオリの歌を唄うのさ。オレも教えてもらったけど難しくて唄えない」
「ヘナレは?ギターを弾くのか?」
「うん。だけど唄うのは英語の歌だ。ヤツもマオリの歌は唄えないって言ってた」
「オレもマオリの言葉は片言しか知らない。オレの祖父母の代には学校でマオリ語を話すと鞭で叩かれたそうだ」
「ひどい話だな。文化の破壊じゃないか」
「全くだ。今では娘たちの方がオレよりマオリ語を知っている。学校で習っているからな」
 ヤツはちょっと寂しそうに笑った。
 家へ戻るとヘイリーを見て深雪が飛び出してきた。
「オー、ミユキ、おじさんのことを覚えているか?」
「お前、覚えているだろ。ちゃんと挨拶をしろ」
 それでも娘は恥ずかしくてモジモジするばかりだ。
 まもなくスキークラブの主要メンバーのジョン、ブロークンリバーのスタッフなどが訪れ、家は一気に賑やかになった。知った顔が集り、娘は大喜びだ。
「ジョン、時間はあるんだろ。メシを食っていけよ」
「そんな、いきなり来て迷惑じゃないのかい?」
「なんのなんの。食い物はたくさんあるんだ。へイリーがホワイトベイトとアワビをどっさり持ってきたからな」
「そうか、じゃあご馳走になるよ」
 その晩は妻が腕を揮い、天麩羅やトンカツなどが食卓に並んだ。深雪は満足そうにホワイトベイトのてんぷらをほお張り、僕が見ていて呆れるくらいに良く食べた。僕もまけじと西海岸の味を堪能した。
 ブロークンリバーで出会った人達が集れば会話は自然とスキークラブの話になる。
「クレア(ジョンの姉でスキークラブの首脳メンバー)が言ってたよ。今回はブラウニーとへイリーが遊びに行くだけだと思っていた。まさかこんなきっちりとしたイベントになるとは思わなかった。クラブの委員会にも報告して、次の会報にも載せなくちゃあって」
 クレアは今回の日本行きの為、Tシャツやステッカーをどっさり用意してくれた。それを弟のジョンが届けてくれたのだ。おかげで僕らの荷物は膨れ上がり、すっかり重くなってしまった。
「ジョン、お前も本当は行きたいんだろ?」へイリーが言った。
「そりゃそうさ。行きたいよ」
「来年かな」僕が言った。
「来年もあるのかい?」
「どうなんだろうな。誰にも分からないよ。今回だってどうなるか全く分からないからな。まあ今年次第かな」
「いずれにせよ楽しんできなよ」
「クレアに伝えてくれ、帰ってきたらレポートを出すってな」へイリーが言った。

 今回僕らは新潟県の能生町にあるシャルマン火打というスキー場へ向かう。
このスキー場でブロークンリバーウィークと名のついたイベントを行なう。日本のスキー場とニュージーランドのクラブスキー場との交流というのが目的だ。
 ニュージーランドのクラブスキー場を日本で公式に紹介するのは初めての試みだ。正直な話、どのように転がるのか僕にも分からない。案内人の僕が分からないのだから一緒に行くメンバーはもっと分からないだろうが、ニュージーランド特有の呑気さでのんびりと構えている。
 ニュージーランドにはスキー場が27ある。このうち日本のレベルでスキー場と呼べる物は10個ほど。これらはコマーシャルフィールドと呼ばれ、ちゃんとリフトがあり圧雪バーンがあり人工降雪機があり駐車場からのアクセスも良く、いわゆる日本のスキー場とたいして変らない。スキー場の管理運営は親会社が行なう。
 会社が会社としてやっていく為には利益を出さなくてはならない。これは別にスキー場に限らず、あらゆる会社に共通する。利益は大きければ大きいほど良いというのも当たり前のことである。従業員を雇い現状を維持し、さらに新しい設備を導入するためには資金が必要だ。
 スキー場で言えば、お客さんに来てもらわなければ話にならない。そのため大々的に宣伝して人を呼ぶ。サービスに重点を置き、快適さ便利さを追求する。資本主義の考えでは当然のことだ。これがコマーシャルフィールドである。日本のスキー場は全てこれに当てはまる。
 ニュージーランドにはコマーシャルフィールドとは別にクラブフィールドというものが存在する。
 もともとスキークラブのメンバーの為のスキー場であり、クラブのメンバーが協力し何も無い所にスキー場を作り上げた。管理運営はクラブが行い、スキー場の方針などは協議会で決める。
 主な収入源はクラブのメンバー費、リフト券の売上げ、ロッジの宿泊料などでまかなう。設備は必要最低限で無駄な出費を抑え、コマーシャルフィールドよりはるかに少ない資金で運営する。出費を抑える為ボランティアが多数いるし、雇われているスタッフだって1人何役もこなす。
 日本で言うようなリフトは無く、ロープトーと呼ばれる原始的な機械で人間を山頂へ運ぶ。
 スキー場へのアクセスはお世辞にも良いとは言えない。ブロークンリバーでは駐車場からスキー場まで歩いて30分。テンプルベイスンというスキー場にいたっては1時間半ほどの登りがある。どちらも荷物運搬用の機械はあり、重い荷物は持ち運ばなくて済むが人間は歩いて登る。この機械をあり難いと思うか、こんなもの作るくらいなら人が乗れるリフトを架けろと思うかはその人次第だ。
 圧雪車は無い、あってもほとんど使わない。基本は冬山なので雪が降れば新雪、時にはクラストやアイスバーンになることもある。訪れる人が少ないのでパウダーに当たる確率も多い。
 もとはメンバーの為のスキー場だが、外来のお客さんも受け入れる。その場合お客様は神様ではなく、扱いはクラブのメンバーと同じである。時にはスタッフやクラブメンバーと一緒にロッジの掃除や皿洗いなどをすることもある。
 60代70代のメンバーが黙々と山を登る姿を見て雪山を楽しむ姿を見て、若い世代が自然に老人に敬意を持つ。実力のある老人の言葉には重みがあり、次世代は素直にその言葉を受け入れる。理想的な世代の交流があり、世の中で失われつつある人と人の暖かい触れ合いがある。
 クラブ全体の考えとしては、まあ皆で力を合わしてスキーを楽しもう、といったところだ。その奥には、贅沢を好まず古い物でも捨てずに使い続ける質素なニュージーランド気質があらわれる。
 そんなクラブフィールドに関わる人を招いたのが今回のイベントだ。
 クラブフィールドの一つ、ブロークンリバーからスキーパトロールの頭へイリー。彼はやる時にはやる。仕事をバリバリやり、本当に頼りになる男だ。そのかわり、やる必要のない時には見事にやらない。そんなスキーパトロールだ。
 海外へ出るのは生れて二回目。一回目は十年以上前にヨーロッパのアンドラという所でスキーパトロールをした。スキー場は恐ろしくつまらなかったらしい。それ以来ニュージーランドから出たことは無い。
 ニュージーランドの冬はスキーを、夏はサーフィンをする。今回予想はしていたがこの男の腰がなかなか重く、持ち上げるのが大変だった。彼の笑い方は独特で、グフフフもしくはガハハハと笑う。

 そんなヘイリーと一緒にクライストチャーチを発つ。早朝の便は思ったより混んでいた。さすがニュージーランド第一の大都会オークランド、早朝でもこれだけの人間が移動するのか。田舎から出てきた僕らはそんなしょうもないことで感心してしまう。
 オークランドで飛行機を乗り換える。僕とヘイリーはキョロキョロしながら国際空港をうろつく。
「ヘイリー、モンティースなんて売ってるぞ。日本のみんなにお土産に買っていこう」
 モンティースはヘイリーが住んでる西海岸で作っているビールだ。ダークビールは麦を焦がした香ばしい香りがする。
 オークランドの空港でヘザーと会えるはずだが彼女の姿が見えない。しっかり者のへザーの事だからもうチェックインを済ませているのだろう。
 ヘザーは旦那と共に冬はブラックダイアモンドサファリというクラブスキー場専門のガイド会社を経営する。夏は北島のタラナキでサーフィンのスクールをやっており、彼女はサーフィンのニュージーランドチャンピオンだ。2月中旬は非常に忙しいらしく、最後までスケジュールのやりくりに追われていた。今回もイベント終了の翌日にはニュージーランドに帰る。
 日本には行ったことはあるが、その時はサーフィンだけでスキーはしなかった。
 彼女のコードネームはマザーイーグル。この言葉が一番彼女を表している。
 搭乗時間が来たが、準備がまだ出来てないらしく人々がゲートの辺りで待っている。僕は人々の周りをブラブラと歩きながらヘザーの姿を探した。彼女の姿は無い。何かトラブルがあったのだろうか?悪い予感が頭を過ぎる。
 今回ぼくの役目はニュージーランド側のまとめ役であり、全員無事に日本に連れて行くというのが最初の仕事だ。
 一番頼りなく心配のタネのヘイリーは昨日からがっちり掴んでいる。
 ヘザーがこの飛行機に乗れなかったら何をどうしようか、などと考え始めた時に彼女は現われた。やれやれ。
「やあヘザー!遅かったな。ヒヤヒヤしたぞ」
「久しぶりね。チェックインで時間がかかっちゃって」
「まあこれでニュージーランド組は揃ったわけだ。あとはブラウニーとスーだ」
 飛行機に乗ってしまえばもうこっちのものだ。後は黙っていてもぼく達を日本へ運んでくれる。
 窓からはニュージーランドの北の端、ケープレインガが見える。細長い陸地が終わりその向こうに真っ青な海が広がる。しばらくニュージーランドともオサラバだ。
 熱心に外を見ていたヘイリーがバイバイと呟いた。背中から期待と寂しさがにじみ出る。
 数年前に冗談で話していた事が現実になりつつある。ヤツのバイバイを聞いただけで僕の胸は熱くなった。まだ旅は始まったばかりだが、自分がやっていることの確かな証を感じた。

 僕とヘイリーは同時にチェックインしたので席は隣同士だが、へザーは1人後ろの方で日本の団体さんのど真ん中になってしまった。
 長いフライトに退屈したヘイリーがヘザーの様子を見に行き2時間ほどして帰って来た。ワインの臭いをぷんぷんさせてヤツは言った。
「ヘザーは後ろでよろしくやってるよ。ワインなんかボトルごとキープしてるぜ」
「いまさらになって聞くけど、ザックとか大丈夫か?火薬の残りとかないだろうな」
「おう!オレもそれが気になってな。娘のザックを借りてきた」
 僕たちはブロークンリバーのマウンテンマネージャーのピートの言葉を思い出した。
 ある晩彼はリンドンロッジで多少ろれつの回らない舌で若いスタッフに話していた。
「スタッフの○○がサンフランシスコ空港で捕まった。ザックに火薬がほんの少し残っていたんだとさ。それで捕まって何日か徹底的に調べられた。家族構成とか職歴とか知人友人、徹底的にだぞ。全くあのテロがあってからいつもこうだ。いいかお前ら、仕事で使ったザックは国外へ持ち出すな。いらん手間が増えるだけだ。サンフランシスコの建物の中で生きている奴等にはここでどんな仕事をしてるかなんて分からないんだぞ!」
 彼は吐き捨てるように言った。
 確かにサンフランシスコに限らず、町で生きている大多数の人は山でどんな事をやっているか分からない。スキーパトロールはザックにダイナマイトを詰めて滑り、雪崩の起きそうな所に爆薬をしかけ人工的に雪崩を起こす。そんな事はスキーの世界では当たり前の事だが、町に住む人には何故そんな事をするのかなんて理解できないだろう。
 そんな僕の思惑をよそに飛行機は中部国際空港へ着いた。



コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする