Vol.09「パイルD-3の壁」はこちら。
オーケストラの理事長の娘を妻にしている人気指揮者(ジョン・カサヴェテス)が、離婚を迫る楽団員の愛人を自殺に見せかけて殺害する。事件としては単純な構図。しかしピーター・フォークの長年の盟友で、妻ジーナ・ローランズと数々の名作(低予算ではあるが、それゆえに自由な)を生み出してきたカサヴェテスが犯人を演じているので深みがある。
傲岸で、神経質で、嫌われ者で、そして弱虫。しかし芸術の素養だけはあふれるほどに持つ男。古畑任三郎では市村正親が愛人を殺す回に引用されていることが歴然。ノンクレジットだが、カサヴェテスも演出に参加しているようだ。
※カサヴェテス演出「グロリア」は必見。ウンガロのスーツを着こなしたジーナがひたすらかっこいい。わたし、レーザーディスク買いました。
彼の犯行がコロンボに見破られるのは、妻が育てている花が原因。その意味で、皮肉が効いている。犯罪を、最後までコンダクトできなかったのだ。練習曲から出直さなくては。
わたしがしかしこの回でつくづく考えさせられたのは妻の行動だ。
夫の浮気に薄々感づきながら、平和な家庭をこわしたくないばかりに沈黙を守り、夫の胸を飾る花の手入れに熱中する。自分に音楽の才がないことに意識的で、だから常に自問している。夫が愛しているのはわたしではなくて、オーケストラの理事長である母の資金の方なのでは、と。そして夫にふさわしいのは才能あふれる愛人の方なのでは……
彼女のこの疑問が、およそ裁判で勝つには無理筋に近かったコロンボを助ける。本妻をなめてはいけない。演じているのはブライス・ダナー。なんとグウィネス・パルトロウのお母さんです。「意外なふたり」シリーズでやってもよかったっすね。これ言っちゃいけないのかもしれないけど、娘よりはるかにきれいです。
コロンボの嘆きがいい。
「自殺はいやだねー。殺しと違って自殺は悲しい」
そして、名探偵宣言も。
「あたし、これが専門なんです。殺しがね。」
Vol.11「悪の温室」につづく。