ジェフリー・ディーヴァーの面白さは次第に世間に浸透してしまったようで、2年近く前に出たこの作品も常に図書館で貸出中。ようやくゲットできました。買えばいいじゃないかって?文春の本は高くて高くて(まあ、版権もお高いんでしょうが)。
さて、このリンカーン・ライムのシリーズ第12作ももちろん面白い。読者を翻弄するテクニックも健在。しかしそれ以上の何かが、この「スティール・キス」にはある。
“殺人者”は冒頭から登場。そしてのっけからアメリア・サックスはその人物を追尾する。ショッピングセンターのスタバに追いつめ、さあ逮捕だと……その瞬間にある事故が起こり、アメリアはその犯人を取り逃がしてしまう。
この“事故”が偶然のものではなかったことが判明し、リンカーン・ライムの頭脳はフル回転を始める。
犯人の行動が、もしも本当に成立するのだとすれば、現代とはなんと恐ろしい時代なのかと思う。車に乗っていても、エスカレーターに乗っていても、誰かの悪意があれば“事故”は簡単に起こせてしまうのだ。
このテのはったりはディーヴァーの得意技だから、話半分としても(そうであってほしい)、「スティール・キス」が素晴らしいのはその犯人像だ。
ウォッチメイカーをはじめとして、名探偵であるリンカーン・ライムに全力投球(彼はボールを握ることすらできない身体だが)させるのだから、犯人は悪辣かつ有能だ。一種のスーパーマンでもある。
しかし今回は違う。その人物には常に悲哀がつきまとい、世間というものの冷たさを感じさせる。もちろん最後は大団円を迎えるのだが、犯人の哀しみもふくめてみごとなエンディングになっている。そのあたりも、やはりディーヴァーの名人芸。
さてさて、最新作の「ブラック・スクリーム」はいつになったら借りられることやら。