その105「凶犬の眼」はこちら。
週刊ポスト連載作品。なぜかすっかり高齢者向けの雑誌となったポストの読者層に、実はぴったりの題材かもしれない。「機龍警察」の月村了衛が、ひとりの公安警察官の半生を描くことで、田中角栄、オウム真理教、小泉純一郎、そして安倍晋三に至る黒い裏面史を読者に叩きつけています。
ロッキード事件、東芝のCOCOM違反、国松警察庁長官狙撃事件、そしてオウム真理教のロシアルートまで、すべての事件にひとりが関わるのはさすがに無理筋。しかし、組織として硬直化し、腐敗が進行する警察のなかで、主人公の砂田は常に“静かに敗れ続ける”ため、説得力が半端ない。
ロッキード事件が、中国に外交上の比重を高め始めた田中角栄を排除するためのアメリカの陰謀とするあたりはまだストレートな方。国松長官の狙撃は、拳銃の射程などから考えると、オウム信者の犯行だった可能性は低く、明らかにプロの仕事だと断ぜられ、刑事部はそれを知っていたのに公安が握りつぶしたとする説は信憑性がある。
作品を貫いているのは、刑事警察と公安警察の相克。そして“田中角栄的なるもの”をどう評価するか、だ。
「いい政治というのは、国民生活の片隅にあるものだ。目立たず慎ましく、国民の後ろに控えている。吹きすぎていく風。政治はそれでよい」
威勢のいい発言をくり返し、常に前面に出てくる現首相との違いにしみじみ。もっとも、月村は終章で安倍晋三批判をくり広げるが、そちらは残念ながらストレートすぎて芸がない感じ。
彩りとして、KGBの女スパイとの微妙な関係も描かれ、同僚との結婚が失敗に終わるあたりも渋い。でも結局この人、もてまくりなあたりがちょっとうらやましい。あ、わたしもそろそろポストの読者世代かあ。
その107「殺人鬼がもう一人」につづく。