ジョン・ル・カレ。現在87才。最高峰のスパイ小説作家であることは誰も否定できない。オックスフォードに学び、イートン校で教鞭をとり……イギリスの典型的なエリートで、現代政治に常に警告を発するなど、冷静な老大家というイメージ。
とんでもなかった(笑)。波瀾万丈の人生だったのだ。
まず、父親がとんてもない。ル・カレ(この伝記では本名のデイヴィッド)の人生に激しく影響したこの男は、はっきり言えば詐欺師、良く言っても大ボラ吹きだったのである。まわりに迷惑をかけながら何度も経済的に破綻したこの父親のために、ル・カレと兄は何度も尻拭いさせられる。しかし魅力的な人物であったことは確かなようで、その血はル・カレにも継承されている。
学生時代にある機関からリクルートされたル・カレ。それはMI5(Military Intelligence Section 5、軍情報部第5課)で、要するにスパイとして国につくした経験が彼にはあり、その経験をもとに書き上げたのがあの「寒い国から帰ってきたスパイ」だった。冷戦ただなかにおける東西のだまし合いを描いた彼の代表作はめちゃめちゃなベストセラーになる。あんなにむずかしい小説だったのに(笑)
その後、MI5時代の上司をモデルにしたジョージ・スマイリーもので、スパイ小説のジャンルにおいてグレアム・グリーン(彼もスパイの経験がある)と並び称されるまでになる。気難しそうな人物だが(実際に批評家や他の作家と何度もバトルしている)、結婚、不倫など、現在ならゴシップにことかかない生涯。スマイリーの奥さんが不倫し放題なのもその影響か。
英語圏の作家として、自分の作品が映画化されることにことさら熱心にからんでいたのも意外。「寒い国から帰ってきたスパイ」のときは主演のリチャード・バートンのところへ酔っ払ったエリザベス・テーラーがやってきて邪魔だったとか、「リトル・ドラマー・ガール」では監督のジョージ・ロイ・ヒルがパーキンソン病のために苦労していたとか、裏話満載。
ようやく近年になって「ナイロビの蜂」「裏切りのサーカス」「誰よりも狙われた男」など、傑作が続いたので喜んでいるはず。で、本人もちゃっかり特別出演しているのね。わりとおちゃめなところのあるおじいちゃんであることも知れて満足。旧作も久しぶりに読んでみよう。