その109「百舌落とし」はこちら。
「マークスの山」「照柿」「レディ・ジョーカー」「太陽を曳く馬」「冷血」とつづいた髙村薫の合田(ごうだ)雄一郎シリーズ最新作。読者としては、どう考えても名刑事なのに自己評価が低く、常に悩んでいる合田は愛さずにいられない存在だ。
徹底してドストエフスキー的でハードルが高い髙村作品を、しかし手に取ってしまうのは、合田はいまどうしているだろう、という愛着があるからに他ならない(笑)。
別れた妻が9.11で亡くなり、その兄にして親友の(別の意味合いの関係もあってドキドキ)加納は心臓を病んでいる。57才の定年近い警察官の、苦い日常。そんな合田に、迷宮入りした12年前の老女殺人事件に新たな展開があったと連絡が入る……
合田は警察大学校の教授になっている。初めて知る存在なので調べてみると、要するに幹部養成校であり、常に考え込んでいる合田に似合いの職かもしれない。
主な登場人物は12名。被害者の老女とその家族、孫娘の同級生たちとその親、そして合田と加納だ。彼ら(少女Aをのぞく)の心理がこれでもかと書き込まれており、特にADHDの少年に髙村がチカラを入れて描写していることが理解できる。
この小説の特徴は、これら12名以外のキャラクターの心理はまったく描かれないということなのだ。事件の捜査を行うのは特命班だが、彼らの行動はあくまで背景の位置にいる。結果的にこの殺人事件については、宮部みゆきの「模倣犯」における“いちばん最初の殺人”のような描写にとどまる。それ自体をほとんど描かないというアクロバット。
しかし、だからこそ心に残る。夜更けに読み終えて粛然。傑作だ。
作中で合田が自問自答することが、犯罪と警察の関係を描いていて秀逸。
「世のなかには、目撃者がいるか、もしくはホシが自首するかしなければ誰も真相を知りようがない事件というのがある。(略)もちろん、どんなに悪条件が重なろうと、どこかに犯人がいる以上、それを追わないという選択肢は警察にはないが、どんなに細大洩らさず捜査を尽くしても、神でもAIでもない警察の捜査はときに限界に突き当たることはある。良いも悪いもない、世界はそんなふうに出来ているということなのだ。」
そのことに意識的であってしまうのが合田という男。結末でそんな彼は捜査一課に復帰する。新作が待ち遠しい。
その111「スワロウテイルの消失点」につづく。
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