コシボソヤンマ Boyeria maclachlani (Selys, 1883)は、ヤンマ科(Family Aeshnidae)コシボソヤンマ属(Genus Boyeria)で、北海道・本州・四国・九州(種子島、屋久島)に分布し、6月下旬から9月末ころまで見られる。朝と夕方に活発に活動する黄昏ヤンマで、和名の由来となっている腹部第3節の「くびれ」が著しいことが本種の特徴である。
ミルンヤンマ Planaeschna milnei (Selys, 1883)と共に数少ない流水性種のヤンマで、低山地、丘陵の麓から平地にかけての樹林に囲まれた薄暗い砂礫底の細流や涌水池の砂泥底に生息している。ミルンヤンマと同所的に見られることもあるが、本種の方がより低地の穏やかな流れを好む傾向がある。人々の生活圏に近いこともあり、河川改修、湧水の不安定化や枯渇、水質汚濁等により減少傾向にある。環境省版レッドリストに記載はないが、都道府県版レッドリストでは、東京都で絶滅危惧Ⅰ類に青森県・群馬県・千葉県・長崎県で絶滅危惧Ⅱ類として記載している。
コシボソヤンマは、2012年に自力で探した生息地においてオスの枝止まりを撮影し、2016年には産卵の様子を撮影しているが、まだ飛翔の様子を撮っていなかった。2012年当時は、オスが川面をどのように飛翔するのか等の生態がよく分かっておらず、飛翔は観察だけで終えていた。2016年は、日中に行われる産卵の撮影をメインにしたため、黄昏飛翔の様子を撮ることがなかった。そこで、今年こそオスの飛翔写真を撮っておこうと8年ぶりに生息地を訪れた。
現地には15時に到着。気温35℃だが、深い谷の薄暗い細流れは、風が吹けば幾分涼しい。川岸を歩ていると、早速、メスが川から飛び立ち、すぐ上に覆いかぶさるように茂っている木の枝に止まった。おそらく産卵していたのだろう。しばらく待てば、また産卵場所に降りてくることは分かっていたが、今回はオスの飛翔撮影が目的であり、川沿いを歩きながら、オスが飛び回りそうな場所のロケハンを行った。
まだコシボソヤンマのオスが出てくるには時間が早く、短いホバリングをしながら飛び回っているのは、コオニヤンマで、その他はハグロトンボだけであったが、16時を過ぎると、河床が岩盤であるかなり暗い流れの上で往復飛翔している1頭が見えたが、撮影には不向きな場所であったため観察だけに留めた。その後、17時を過ぎると別の場所三カ所において、目の前で飛翔するオスを見つけ、カメラを向けた。
コシボソヤンマは、7月中旬頃に羽化をし、しばらく樹林内で過ごした後、8月になると朝夕の黄昏時間帯に川面を縄張り飛翔するようになる。成熟する8月下旬頃は、かなりの広範囲を飛翔するが、8月上旬頃の比較的若い個体は、川の上下流3mほどの範囲を水面スレスレに行ったり来たりしながら縄張り飛翔を繰り返す。6月に沖縄で観察したカラスヤンマのオスもそうであったが、何度も目の前を通過するので撮影のチャンスはとても多い。
とは言っても、ホバリングは一切せずに、薄暗い川面を早いスピードで往復するため、いつもの飛翔撮影のようにトンボを追いながらマニュアルフォーカスでピントを合わせて撮るようなことはできない。「置きピン」しかない。「置きピン」とは、あらかじめ構図とピント位置を固定しておいて、被写体がフレームインするタイミングでシャッターを切る撮影テクニックのことである。幸い、コシボソヤンマは、ほぼ同じコースを飛翔するので、カメラを三脚に固定し、飛翔コース上にレンズを向けてピントを固定し、コシボソヤンマが通過した時にシャッターを切れば良いのだが、全長77~89mmの相手に対して、複眼の先の触角から尾部付属器までピントが合い、コシボソヤンマの一番の特徴である腹部第3節の、まるで人が指で押しつぶしたかのような「くびれ」が分かるように撮りたい。更には、後翅先端の黒斑も写したい。
「置きピン」と言えども、今回の場合の被写界深度は2cmほどしかない。少しずれた所を飛翔すれば全てピンボケとなる。撮影テクニックの1つではあるが、技術は必要なく運任せである。結局、250枚ほど撮影し、90%の確率で画角内に収めたが、ピントが合っていたのは僅か10枚だけであった。以下には、その中から4枚を選んで掲載した。4枚目の写真はターンする瞬間が写っており、体が方向転換する側に斜めになっているが、複眼は水平を保っているところが面白い。また、過去に撮影した枝に止まっているオスとメス、産卵の写真も併載した。
以下の掲載写真は、1920×1280ピクセルで投稿しています。写真をクリックしますと別窓で拡大表示されます。
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