日本各地で、ギフチョウとヒメギフチョウが舞う季節になってきた。今回は、個体変異での1つである赤上がりのギフチョウとヒメギフチョウを紹介したい。
ギフチョウとヒメギフチョウが属するギフチョウ属は、強い飛翔力がなく他の生息地との行き来がないため、小さな地域個体群ごとに翅形や翅のサイズ、前後翅の黄色条または黒色条の幅、後翅肛角部の赤斑、斑紋の細部形状などに違いがある地理的変異が知られているが、同一地域個体群の中でも常染色体劣性遺伝により引き継がれている形質もある。赤上がりもその1つである。
「赤上がり」 とは後翅表面の遠位内側にある大きな赤紋以外に小さな赤紋が黒帯の内側に沿って現れる個体変異で、蝶の愛好家の中で言われている愛称である。どこの地域の発生地でも生じる一般的な変異だが、群馬県や長野県などの一部では、色が薄く小さな赤紋がある個体は他地域に比べ圧倒的に多く、赤紋が発達した非常に美しい赤上がりの個体も少なからず見られる。
ギフチョウ属のこうした地理的変異や個体変異を研究することは有意義であり、分類や系統、遺伝子等を調べるためには、採集して標本にすることも必要になる。条例で採集を禁止している地域においては、地方環境事務所や都道府県等に許可申請を行った上で認められれば採ることができよう。違反をすれば、2年以下の懲役若しくは禁錮、100万円以下の罰金などの刑罰又は5万円以下の過料を科せられる場合もある。ではなぜ、条例で採集を禁止しているのかと言えば、ギフチョウ属は絶滅危惧種だからである。
ギフチョウは、環境省のレッドリスト2020年版で絶滅危惧Ⅱ類として記載しており、25の都府県版レッドリストでは、絶滅危惧Ⅰ類や絶滅危惧Ⅱ類、準絶滅危惧種として記載している。ヒメギフチョウ(本州亜種)においては、環境省のレッドリスト2020年版で準絶滅危惧種として記載されており、11の県で絶滅危惧Ⅰ類や絶滅危惧Ⅱ類、準絶滅危惧種として記載し、両種ともに日本各地で危機的状況にある。絶滅が危惧される理由としては、シカによる食害と生息環境の悪化が大きな原因となっているが、採集も要因となっている。具体的な対策を行わなければ確実に絶滅する地区が少なくない。となれば、採集を禁止するのは当然である。ただし、レッドリストは法的な拘束力はなく、絶滅危惧種として選定している地域でも自治体の条例がなければ、採集しても罰せられることはない。
ちなみに、ギフチョウ属と同じように採集が多くされていたゴマシジミ関東・中部亜種は、平成28年3月に「国内希少野生動植物種」に指定され、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」(種の保存法)の施行の元、採集の禁止、生息地の保護、保護増殖事業の実施など保全のために必要な措置が講じられている。
採集は、全てが研究のために行われているわけではない。と言うより、ほとんどは単に個人が楽しむ観賞目的のコレクションのためである。作成した標本は売買もされている。美しく変異も多いギフチョウ属は、日本で1番多く採集されているのではないかと思う。日本で1番多く生息している普通種のヤマトシジミも先の記事に掲載したように美しい。季節変異がみられ、更に個体変異もあるが、興味を持つ採集者は多くない。その理由として、人間の本能をかき立てる心理法則「希少性の原理」が挙げられる。希少性の原理とは、数量や時間など限定的なものに高い価値を感じ、欲しくなってしまうという心理的な現象のことだ。ギフチョウ属の採集に希少性の原理が働く理由には、以下の3つが当てはまる。
- 美しく変異も多いという外見の魅力が高ければ高いほど「質の希少性」が高まり欲しくなる
- 絶滅危惧種という数が限定されていると「数の希少性」が高まり欲しくなる
- 春先にしかいないという時間の制限で「時間の希少性」が高まり欲しくなる
特に目立つこともなく、春から秋までどこにでも生息しているヤマトシジミに対して「希少性の原理」は作用しないのだ。一方、ギフチョウ属は、特別感が強く、禁止されたり制限されたりしていることで、更に物欲が掻き立てられる。ギフチョウ属に限らず、希少価値の高い絶滅が危惧されるチョウやトンボなどを採集する者は、採れるだけ採る。生息地で網を振る者ほとんどがそうだ。いわゆる乱獲である。乱獲は、過剰に採集することで再生産速度を超えてしまい、個体数を維持することが難しくなり、次世代の個体数が徐々に減っていき、やがては絶滅に追い込んでしまう。
「採集だけで絶滅はしない」だとか「大量に採集しても、全体の発生数からすれば微々たるもの」などと単に憶測だけで言うのは無責任である。採集するならば、まず、地域全体の生息数を調査し、個体群動態解析及び存続可能性分析を行った上で最小存続可能個体数を把握し、持続的に採集可能な採集数(maximum sustainable yield)を把握する必要がある。環境保全活動をするのも当然の責任であり義務であろう。そして、全国から押し寄せる採集者全員が採集した総数がMSYを超えないように管理する必要がある。果たして、こんなことを考え実行している採集者がいるだろうか?
私も今から50年前の子供の頃は、昆虫採集に興じたものである。渋谷の志賀昆虫普及社で大きな捕虫網を買い、野山を駆けずり回っていた。キタキチョウの個体変異を桐の標本箱に並べたものは、今でも保管している。中学生の時には「採るから撮る」に変え、オリンパスOM-2にズイコーマクロ50mmを付けて、同じように野山で昆虫を追いかけていた。この4月10日で還暦だが、そのスタイルは変わっていない。写した写真の多くは、自身の単なるコレクションに過ぎないが、ホタルに関しては、「風景写真」であり「図鑑写真」であり「生態写真」である。「標本は唯一の物的証拠。その地でその日にその動物が生存していたという大切な貴重な資料」だと豪語するならば、「写真は、その生物の生き方の瞬間瞬間の貴重な記録であり具体的な証拠物資料」である。そしてその証拠物資料は、保護・保全のために大いに役に立つのである。「写真は単なる自己満」とは言わせない。
当ブログにおいて採集に批判的なことを書けば、採集者の方から反論のコメントを多く頂く。議論は歓迎するが、昆虫分類学を盾に御託を並べたり、批判に対して過剰反応するならば、責任と義務を果たしてからにしてほしい。
以下の掲載写真は、すべて 300*200 Pixelsで表示されていますが、各々の写真をクリックしますと別窓で 1920*1280 Pixels で拡大表示されます。
1.ギフチョウのノーマルタイプと赤上がり
写真1.ギフチョウのノーマルタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/250秒 ISO 250(撮影地:長野県 2018.04.29 9:26)
写真2.ギフチョウの赤上がりタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/250秒 ISO 250(撮影地:長野県 2018.04.29 11:30)
写真3.ギフチョウのイエローバンドの赤上がりタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/250秒 ISO 200(撮影地:長野県 2018.05.05 11:03)
2.ヒメギフチョウのノーマルタイプと赤上がり
写真4.ヒメギフチョウのノーマルタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/250秒 ISO 250 -1/3EV(撮影地:長野県 2014.05.03 12:04)
写真5.ヒメギフチョウの赤上がりタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F4.5 1/640秒 ISO 200(撮影地:長野県 2017.05.04 9:16)
写真6.ヒメギフチョウの赤上がりタイプ / Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/250秒 ISO 200(撮影地:長野県 2017.05.14 11:56)
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