アキアカネ Sympetrum frequens (Selys, 1883) は、日本に生息する18種類のアカネ属に分類されるトンボの一種で、ロシア、中国、朝鮮半島、日本に分布する普通種である。平地または丘陵地、低山地の水田、池沼等で繁殖するが、6月頃に羽化した成虫は、しばらく周囲で過ごした後、日中の気温が20~25℃程度の標高の高い高原や山岳地帯へ移動して、7月~8月の盛夏を過ごす。アキアカネは、低温時における生理的な熱保持能力は高いが、高温時の排熱能力が低いため暑さに弱く、気温が30℃を超えると生存が難しくなることから、高地へ移動すると考えられている。(同属のナツアカネ Sympetrum darwinianum (Selys, 1883)は、夏でも低地から姿を消さないため、ナツアカネの和名が与えられている。)
アキアカネは、高地において盛んに餌を食べ体重が2~3倍に増加し、十分成熟したオスは腹部が橙色から鮮やかな赤に変化する。そして、およそ秋雨前線の通過とともに山を降り、平地や丘陵地、低山地へと移動するのである。関東地方では大群で移動するのが観察されており、筆者も、空一面がアキアカネで覆われるほどの光景を何回か目撃している。
平地では繁殖活動を行うわけだが、ある「特定の」水田等に集まる。産卵に選ぶ典型的な場所は、稲刈りの終わった水田に出現する水溜りのような場所で、雌雄が結合したまま水面をたたくように産卵する連結打水産卵、或いは泥の部分をたたくように産卵する連結打泥産卵を行う。そして卵で越冬し、翌春、代搔きが行われる頃に孵化し、6月頃に羽化する。アキアカネは、水田耕作の営みに見事に一致した生活史を送っているのである。
「アキアカネ絶滅のピンチ」という記事が数年前の新聞に掲載された。普通に見られる「赤とんぼ」が絶滅に向かう恐れがあるというものだ。環境省RDBに記載はないものの、大阪、兵庫、三重、富山、長崎、鹿児島の6府県では絶滅が危惧される種として選定しており、鹿児島県ではほとんど見ることが出来ない種として、2014年から「絶滅危惧種」に位置づけ、三重県でも2015年の3月に、新たに「準絶滅危惧種」に加えている。
水田を繁殖の場とするアキアカネは、水田の減少と殺虫剤が大きく影響する。石川県立大の上田哲行名誉教授によると、1990年代に認可されたイミダクロプリド、フィプロニルといった成分を使った新しいタイプの農薬の出荷量が増加した地域とアキアカネ減少の地域が一致し、それら地域では、2000年ごろから急激に減少が始まり、2009年時点では半数以上の府県で、1990年の1000分の1以下に減少しているという。一方、従来の農薬(パダン)を使った場合は、農薬を使用しなかった場合と同程度の羽化が見られることから、最近のアキアカネの急激な減少は、フィプロニルなど新農薬(殺虫剤)の増加によるものと考えられている。
これらの新農薬は「浸透性殺虫剤」と呼ばれ、イネの育苗箱用殺虫剤として広く使われている。イネが地中から農薬を吸収し、イネの葉などを食べた害虫を殺すというものだ。田植え後の農薬散布の手間が省け、成分が環境中に撒かれないことから“エコ”な農薬ともいわれているが、ネオニコチノイド系殺虫剤よりもトンボ類に対して強い影響を示すことが判明している。農作物の栽培において殺虫剤は、害虫の発生をコントロールするために必要な資材であるが、生態系や生物多様性に対する影響に配慮しながら活用していくことが望まれる。
アキアカネを撮影した場所は、ホタルをはじめ、イトアメンボ、コオイムシ、モートンイトトンボなどの貴重な昆虫が多く生息しているが、秋深くなりつつある10月末においても、アキアカネは盛んに飛び回り、繁殖行動を行っていた。
参考論文
- 上田哲行,神宮字寛 (2013) アキアカネに何が起こったのか:育苗箱施用浸透性殺虫剤のインパクト.TOMBO, Fukui, 55: 1–12.
- 平成26年度 農薬の環境影響調査業務 報告書 - 独立行政法人 国立環境研究所
- 実験水田を用いた農薬の生物多様性への影響評価~浸透移行性殺虫剤がもたらすトンボへの影響~ - 独立行政法人 国立環境研究所
お願い:写真は、1024*683 Pixels で掲載しています。Internet Explorerの画面サイズが小さいと、自動的に縮小表示されますが、 画質が低下します。Internet Explorerの画面サイズを大きくしてご覧ください。
アキアカネ(オス)
Canon EOS 7D / TAMRON SP AF90mmF/2.8 Di MACRO1:1 / 絞り優先AE F5.6 1/400秒 ISO 200 -1EV(2016.10.29)
アキアカネ(連結飛翔)
Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F6.3 1/320秒 ISO 640(2016.10.29)
アキアカネ(メス)
Canon EOS 7D / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F6.3 1/250秒 ISO 600(2016.10.29)
東京ゲンジボタル研究所 古河義仁/Copyright (C) Yoshihito Furukawa All Rights Reserved.
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------