ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態と環境を52年研究し保全活動してます。ホタルだけでなく、様々な昆虫の生態写真や自然風景の写真も掲載しています

夜明け

2022-01-23 14:00:23 | 風景写真/冬

 真冬の午前6時過ぎ。東を見れば富士の彼方はゆっくりと東雲色に変化し、美しいグラデーションを成している。西を向けば紫がかった黎明の空に浮かぶ有明の月が北アルプスに沈もうとしている。「夜明け」である。
 「夜明け」とは、気象庁の天気予報などで使用される場合は、日の出前の空が薄明るくなるころのことを言う。1798年より1843年まで施行された暦法である寛政暦では、日の出前の太陽の中心が地平線下の7度21分40秒に来た時刻としている。また、比喩として「新しい時代や文化、芸術などの始まり、希望のもてる状況の始まり」等の表現に用いられる。
 夜明けは、闇から光りの世界へと移り変わる時と言える。旧約聖書冒頭の書である「創世記」では、始めに闇があり、神は闇を夜と名付け、天地創造の一日目の仕事は光をつくることだったとある。「光」は全ての源になっている。

 私は夜明け時刻に撮影することが多い。美しい光景であることは勿論、何か神聖な気持ちになる特別な時間だと感じる。ただし、これは写真を撮ろうと計画し、徹夜で移動、または前日から車中泊して臨んだ時の事であり、平日は、連日朝4時過ぎに目覚ましが鳴ると「あと5分・・・」一瞬で過ぎ去る時間を恨みながら、夜明けを待たずして仕事に出掛ける。仕事中に夜明けを迎えるが、そこに清々しさはなく、感謝も感動もない。
 現代社会においては、心を病んでいると闇に引きこもり、夜が明けないことを望む方もいる。夜勤の場合は、夜明けに眠りにつく方々も多いだろう。夜明けがすべての始まりではない。

 東京では、1月22日(土)ついに新型コロナウイルス(オミクロン株)の新規感染者が1万人を超え11,227人となった。まもなく10人に1人が濃厚接触者になるとも言われており、社会活動の停滞が危惧されている。それだけではない。地震に噴火、そして温暖化・・・様々なシミュレーションがされ対策が検討されてはいるが、実際の所、どのような未来が待っているのかは誰にも分からない。今を闇の世界とするならば、人類にはどのような「夜明け」が訪れるのだろうか。
 ももいろクローバーZの楽曲「白金の夜明け」(作詞 前田たかひろ)に「夜明けに生まれかわろう」という一節がある。希望のある一文ではあるが、「今、生まれ変わらなければ、夜明けは来ない」かもしれない。そんな風に思えてならない。

 こんな状況であるから、この週末も自宅で自粛。春のあけぼのを期待しつつ「冬はつとめて 雪の降りたるもをかし」季節の流れとともにうつりゆく光景に思いを馳せながら。

関連記事:夜と朝の間

以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと拡大表示されます。

富士山と雲海の写真

富士山と雲海
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F16 4秒 ISO 100 (撮影地:長野県諏訪市 2011.2.19 6:08)

有明の月の写真

有明の月
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F18 0.4秒 ISO 100 -2/3EV (撮影地:長野県諏訪市 2011.2.19 6:25)

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寄せ氷

2022-01-10 13:19:46 | 風景写真/冬

 寄せ氷とは、湖などの水面で凍った氷が割れて、風によって湖岸に打ち寄せられるガラスのような氷のこと。昨年の1月10日は、山梨県の精進湖にて「寄せ氷と逆さ富士」を撮影し記事「冬の精進湖と子抱き逆さ富士」に掲載しているが、今年は寄せ氷のアーティスティックな光景を求めて信州・諏訪湖を訪れた。

 諏訪湖は「全面結氷」した後に、氷が厚みを増すと亀裂が入って大音響と共に山脈のように筋状にせり上がる「御神渡り」が有名である。諏訪大社上社の男神が下社の女神のもとへと渡る恋の道であると言う。また、八剣神社の神官が、氷の割れ目の状態を見て、その年の天候や農作物の出来、世の中の吉凶までも占うことが今でも行われている。「御神渡り」が本州で本格的に見られるのは諏訪湖だけであるが、ここ数年、暖冬の影響であろう全面結氷する 日が減り、御神渡りも2018年以降は確認されていないという。
 私が撮りたい寄せ氷は、全面結氷が続くと見ることができない。湖の凍り始めがチャンスである。6年前から、毎年1月上旬になると寄せ氷を見ようと諏訪湖を訪れているが、まったく見ることができていなかった。今年は、1月5日に諏訪湖の広い範囲が、5mmから1cm程度の薄い氷に覆われ、7日には全面結氷という情報を得た。気温が高ければすぐに溶けてしまう可能性もあるが、週末に期待をかけて行って見ることにした。
 8日(土)会社の仕事を終えて、そのまま都心から長野県の諏訪へ。首都高も中央道も渋滞はなし。15時半には湖岸の駐車場に止めることができた。早速、ロケハン。下諏訪付近の湖岸は、1km弱に渡って氷が打ち寄せられており、ゆっくりと歩きながら形の良いものを探す。
 これが寄せ氷かと思いながら歩くが、水際まで行ける所には寄せ氷が少なく、多い場所は「危険のため進入禁止」のロープは張られ近寄ることができない。また、訪れた日が少し遅かったのか、薄く透明な氷の板が重なり合う様子はほとんど見られない。氷によっては「ジュエリーアイス」に似たものもあるが、厚く白い氷の板が目立った。
 今回は、いつもより自分自身の感性や技術が試される。そう感じた。美しいとは思うのだが、とても手強い被写体である。「どこをどう撮れば良いのか」かなり迷い悩んだ。単純と複雑、そして無造作。その1つ1つの色彩と造形の重なりのどこに芸術性を見出せばよいか・・・手ごたえを感じないまま日が暮れて行った。結果的に、単なるスナップ写真になってしまったが、諏訪湖での出会いに感謝し、この日この時の造形を切り取った。

参考:ジュエリーアイス / 北海道十勝・豊頃町の大津海岸で、厳冬期だけ見られる。太平洋に流れ出た十勝川の氷が、波にもまれるうちに角が取れて透き通ったクリスタルのような氷となって海岸に打ち上げられたもの。

以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと拡大表示されます。

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / 絞り優先AE F13 1/13秒 ISO 100 +2/3EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 16:05)

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / 絞り優先AE F13 1/13秒 ISO 100 +2/3EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 16:13)

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F3.5 1秒 ISO 100 +1EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 17:04)

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 1/20秒 ISO 100 +1 1/3EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 15:50)

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F13 0.4秒 ISO 100 +1EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 16:28)

寄せ氷の写真

寄せ氷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 0.4秒 ISO 100 +1EV(撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 16:37)

結氷した諏訪湖の夕暮れの写真

結氷した諏訪湖の夕暮れ
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / TAMRON SP AF70-200mm F/2.8 Di LD (IF) MACRO / 絞り優先AE F8.0 0.3秒 ISO 100 +1EV (撮影地:長野県諏訪市 2022.1.08 17:05)

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しぶんぎざ流星群と冬の大三角

2022-01-05 21:12:26 | 風景写真/星

 しぶんぎざ流星群と冬の大三角を本年最初の撮影とした。

 しぶんぎざ流星群は、8月のペルセウス座流星群、12月のふたご座流星群とともに三大流星群と呼ばれている。新年早々の是非とも写真に収めておきたい天体ショーで、毎年の恒例イベントにしており、2019年1月4日に一度撮ってはいるものの1カットに流星が1つしか写っておらず大失敗。他は条件が合わずに三大流星群ともに上手く撮影することができていない。
 本年最初のしぶんぎざ流星群は、1月3日が新月で月明かりの影響を全く受けず、極大は1月4日5時から6時頃であり、この時間帯は放射点の高度が高いため、近年まれに見る絶好の条件とあり大チャンス。これは、何としても撮っておきたい。
 まずは、撮影場所である。単に夜空に流れる星だけを撮っても絵にはならない。天体写真を撮る機材もないため、星景写真として地上の風景も一緒に写したいとなれば、富士山しかない。末広がりの富士は、正月の縁起担ぎでもある。流星群は空のどの方向にも流れるので、富士山と絡めるにはどの場所でも良いが、今回は、流星群が多くなる深夜から明け方までの時間帯に三ツ星のオリオン座や「冬の大三角や冬のダイヤモンド」など、星々が一番美しい西の空にカメラを向けようと思い、山梨県にある山中湖畔の平野の浜を選んだ。
 ちなみに冬の大三角とは、おおいぬ座のシリウス、こいぬ座のプロキオン、オリオン座のベテルギウスを結んでできる3角形で、冬のダイヤモンドは、6つの1等星、おおいぬ座のシリウス、オリオン座のリゲル、おうし座のアルデバラン、ぎょしゃ座のカペラ、ふたご座のポルックス、こいぬ座のプロキオンを結んでできる6角形である。

 3日は、朝から天気予報の入念なチェックである。晴れであることは確実だが、問題は「雲」である。星空は、快晴の空で撮りたいのである。GPVでは、日本海側から中部山岳地帯、南アルプス辺りには雪雲が広がっている。他のコンピューター予想では、富士山周辺は夜から雲に覆われる予報もある。山中湖のライブカメラを見ると、麓には雲の筋。さて、どうするか。取り止めるか。場所を変えるか・・・悩んでいても、最終的には行って見なければ分からない。意を決して、13半時に山中湖目指して自宅を出発した。
 実は4日が仕事始めであり、都心の会社に7時までに出勤しなければならない。3日は夕方までに現地入り、翌午前1時まで車中泊し、1時半から4時まで撮影。その後、そのまま車を走らせ会社に出勤するという計画である。
 渋滞のない中央道をゆっくりと走行し、談合坂SAで食事を済ませ、現地近くの大きな駐車場に16時に到着。平野の浜では、これまでに朝と夕方に富士山を何度も撮影しているが、一応ロケハン。場所を決め構図を細かくチェックした。美しい夕暮れの富士を車内から拝みながら、目覚ましを午前1時にセットし、バッハのフランス組曲を聴きながら18時に就寝。

 4日午前1時。外の気温はマイナス4℃。ほぼ快晴で富士山にも雲がない。早速、防寒コートを着て湖畔に向かうとカメラマンは6人ほど。思ったより少ない。ロケハン時に決めた場所に三脚を立てた。
 今回の撮影では、初めてレンズヒーターを使うことにした。過去に2回、戦場ヶ原と開田高原で星を撮影中にレンズが曇って失敗したことがあるので、この日に合わせてモバイルバッテリーと一緒にネットで購入。Canon EF17-35mmではピントリングに巻くことになるので少々厄介だが、取り敢えずセットし電源を入れた。この日は風が少し吹いていたため若干湖面が波立ち、それゆえリフレクションは望めない。対岸の灯りも気になるので、流星が画面に収まることを祈りつつ空を広く入れた構図にして、レリーズオン。後は、撤収する時間まで待機である。
 しぶんぎざ流星群が、最も多く見られるのは、空が白み始める直前であり、極大時刻でもある4日5時台と予想されている。この時に実際に見える流星の数は、空の暗い場所で1時間あたり50個以上となる可能性があるが、年によって流星数が変化することも知られているので、1時間あたり30個程度の時もあるらしい。今回はどうであろうか?肉眼では、明るい流星が何個が見えたが、ほとんどはカメラを向けていない方向であった。ただし、1つだけは富士に斜め横から刺さるように流れたものを確認したので一安心。レンズヒーターは効果があり、レンズとフィルターは全く曇ることはなかった。
 さて、肝心の結果は2時間半で350枚撮影し、流星が写っていたのは、たったの4枚。仕事に向かうため4時に切り上げなければならなかったのが残念である。5時半くらいまで粘れば、もう少し良い感じの絵になったかも知れないが、仕方がない。以下には、まず今回撮影した写真、しぶんぎざ流星群、そして富士山上空に輝く冬の大三角と冬のダイヤモンド、冬の天の川を掲載した。1枚目は、2枚目の写真を基にして流星が写った他の3カットを比較明合成処理をしたところ、少ない数でも降り注ぐように流れる流星群らしい絵になった。次の2点は、蔵出し写真である。しぶんぎざ流星群ではないが、奇麗な流星が端に写っていたので掲載することにした。最後は、今回撮影した350枚をタイムラプス動画にしたものを編集して掲載した。

 仕事に行くために時間限定であったことが少々悔やまれるが、快晴の夜空に輝く星々、そして流れる星の美しさには言葉もない。2022年最初のしぶんぎざ流星群。この流星が地球と人類に幸福をもたらしてくれることを祈りたいと思う。

以下の掲載写真は、1920*1280 Pixels で投稿しています。写真をクリックしますと拡大表示されます。また動画においては、Youtubeで表示いただき、HD設定でフルスクリーンにしますと高画質でご覧いただけます。

富士山としぶんぎざ流星群の写真

富士山としぶんぎざ流星群
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / PRO1D プロソフトン[A](W)使用 / マニュアル露出 F2.8 25秒 ISO 1600 / 4カットを比較明合成(撮影地:山梨県山中湖村 2022.1.04)

富士山としぶんぎざ流星群の写真

富士山としぶんぎざ流星群
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / PRO1D プロソフトン[A](W)使用 / マニュアル露出 F2.8 25秒 ISO 1600 / トリミング(撮影地:山梨県山中湖村 2022.1.04 3:09)

富士山と冬の大三角、冬のダイヤモンドの写真

富士山と冬の大三角、冬のダイヤモンド
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / PRO1D プロソフトン[A](W)使用 / マニュアル露出 F2.8 25秒 ISO 1600(撮影地:山梨県山中湖村 2022.1.04 3:04)

富士山と冬の大三角、冬のダイヤモンドの写真

富士山と冬の大三角、冬のダイヤモンド、冬の天の川

富士山と流星の写真

富士山と流星
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / バルブ撮影 F2.8 30秒 ISO 1000(撮影地:静岡県裾野市 2014.11.23 0:30)

富士山と日周運動の写真

富士山と日周運動
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / バルブ撮影 F2.8 30秒 ISO 1000 / 50カットを比較明合成(撮影地:静岡県裾野市 2014.11.23 0:30)

富士山としぶんぎざ流星群(タイムラプス)

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ホタル研究50年

2022-01-01 10:37:36 | ホタルに関する話題

皆様、新年明けましておめでとうございます。
ホタル研究50年を迎えた本年、新年に当たり私の思いを綴りました。お読みいただければ幸いです。
素晴らしい自然とホタルが、いつまでも存続し続けるために私のやるべきことは、まだまだ山ほどあります。
コロナに打ち勝ち、皆様とともに歩んで参りたいと存じます。
どうぞ、2022年もご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い申し上げます。

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ホタル研究50年

 都会の高級レストラン。ドメーヌ・ルフレーヴの余韻を楽しみながらのオードヴル。窓越しに見える庭園では、高層ビルを背景に小さな命が灯をともす・・・。
 或いは、家族連れで賑わう商店街。傍らの殺風景な流れでは、露店の明かりが途切れた一角で、1つ、2つとかすかな光。見つけるたびに、歓声があがる・・・。
 これはいずれも、最近のホタル狩りの光景である。豊かな里山環境の象徴と言われるホタルだが、学校、公園、ホテル、会社の受付等々、今や至る所で見ることが出来る。果たしてこれは、すばらしい自然が戻った結果なのだろうか。

 ホタルと出会って50年。千葉県松戸市の水田でヘイケボタルを見たのが最初である。子供心にも感動し、その時の光景は今でもはっきりと覚えている。仙台ゲンジボタル研究所の故浅田義邦先生をはじめ矢島稔先生(現ぐんま昆虫の森名誉園長)にご指導を頂き、これまでホタルの生態や生息環境の地域特性を調べてきた。いつも自然とホタルは多くのことを教えてくれる。そして感動を与えてくれる。
 数年前にある場所を訪れた時もそうであった。そこは、今でもすばらしい自然環境が数多く残されており、関東で一番早くゲンジボタルが発生する地域である。高速道路を降りると直ぐさま現れる水田と、その傍らにまっすぐに延びる単線は、都心から僅かな距離でありながら、さわやかな風と共に「田舎」というイメージを強く心に刻み込んでくる。

 幾重にも連なる低い山並みと緑の谷戸。(谷津ともいう)おそらく、どこを歩いても多くの生き物たちに出会えるに違いない。何気なく立ち寄った溜め池ですら、モリアオガエルの卵塊がせり出した木の枝に幾つもぶら下がり、水中ではトウキョウサンショウウオの幼生が、マルタンヤンマのヤゴに食われぬように逃げ回っている。道草を食うと思いがけない味わいに驚くものである。
 前菜を終えて、いよいよメインディッシュ。私を至福の時空へと誘うのは、こんもりとした茂みと広がる稲の原。それに沿うように流れる小川。土手は草刈りもされていない。草の匂い、土の匂い、そしてホタルの匂いを感じる。
 近くで農作業をしていた方に尋ねれば、「ホタルなんかいっぱいおるよ。」とぶっきらぼうな返事。ここでは、ホタルは珍しくもない普通の虫なのだろう。剛毅木訥な主人との会話は、あっという間に夕暮れの田園風景の中に吸い込まれていった。

 日没までの間、コンクリートジャングルを離れ、緑の大地を踏みしめながらゆっくりと散策すれば、普段は気づかないものもよく見えるものだ。新たな発見もある。フィールドワークの大切さをかみしめながら周囲の景観と一体になる自分を感じる時、ホタルに対する熱い思いが込み上げてくる。
 19時。日は沈んでもなかなか暗くならない。いつ光るのか?本当にホタルいるのか?不安と期待を胸に待つ。やぶ蚊の襲来に抵抗しながら、ひたすら待つ。西の空から残照が消える頃、小川を覆う茂みの中でぽつりと光り出す。しばらくすると、それに呼応するかのように、またぽつりと光る。そして暗闇というタクトに合わせて彼らのシンフォニーが幕を開ける。
 ドビュッシーの「牧神の午後への前奏曲」の冒頭を思わせるかのように、一匹が静かにゆっくりと飛び始める。そして、いつしか光のハーモニーは谷戸という舞台を埋め尽くし、やがて壮大なコーダへと展開していくのだ。民家も点在し、「里山」という人々の暮らしと共にある場所でありながら、車のライトや懐中電灯に照らされることもない。
 このホタルの舞う風景は、ここでは当たり前の事として、遙か昔から何ら変わることなく毎年続いてきたのだ。そして、里山という豊かな生態系に支えられる自然環境が、ホタルを育て身近な生き物として大切に守ってきたのだと改めて気づかされる。ふと気が付けば、何もかも忘れて「無」になっている自分がそこにいる・・・。

 日本各地でホタルの飼育や養殖が盛んに行われている昨今、水槽でたくさん飼育して、3月に幼虫を放流し、何百も成虫が飛んだと喜んでいる。一体、何年放流し続ければ定着するのだろうか。
 生態観察ではなく、いかに簡単に沢山の幼虫を飼育するかに終始する環境教育。餌とともに放つビオトープで成虫が産卵することはない。自然河川があるにも関わらず、河川の保全には目もくれず、その隣に何千万円という税金で人工的なホタルの小川を建設することも珍しくない。こうした施設の中には、担当者が変わっただけで飛ばなくなる所もあると聞く。
 ホタルが生息できない環境にも関わらず、イベント用として養殖業者から購入して何千匹と放す。彼らにとって、ホタルは単なる商品にすぎず、生態系だの遺伝子など関係ない。法的規制がないホタルビジネスは、もはや3億円市場だ。故に養殖業者が跳梁跋扈する。裏では、自然に発生している貴重なホタルが、次々と乱獲されているのである。
 遠方への移動によって遺伝子攪乱も頻繁に起こり、固有種は絶え続けている。餌として外来種の巻き貝も持ち込まれ、河川の生態系が崩れ掛けている。
 自然環境から離され、まつりやイベント等の客引きとして放される孤影悄然なホタルたちを見て、人々は自然環境に思いを馳せるのだろうか。真に癒されるのだろうか。「美しい国、日本」は、どこへ行くのだろう。
 里山という自然環境の中で本来のホタルの姿と出会う時、私はいつもこう思う。「彼らのためにできることは何か」と。

 平安時代から日本人の目を楽しませ心癒してきたホタル。しかし現在の風潮は、人間の管理の下にホタルを出すこと飛ばすこと、ホタルを見て楽しむだけで、その先の風景に目は届いていない。このままでは、ホタルの舞う本来の情景も、風情を感じる感性も忘れてしまうのではないか。ホタルが飛ぶということの意味さえ忘れ、里山に乱舞する姿も消えてしまうのではないだろうかと心配でたまらない。
 レストランの恋人同士や商店街の親子の会話の中には、自然を慈しむ言葉は出てこない。まして、光でしか会話することのできないホタルが、光害によって言葉を失っていることなど知る由もない・・・

 ホタルは、里山という豊かな自然環境の結晶である。誰もが、彼らの叫びに真剣に耳を傾けなければならない時である。素晴らしい自然とホタルがいつまでも存続し続けるために、私のやるべきことは山ほどあるのだ。

2022年 元旦 東京ゲンジボタル研究所 古河 義仁

ゲンジボタルの写真
発光するゲンジボタル(高感度撮影)

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