ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態と環境を52年研究し保全活動してます。ホタルだけでなく、様々な昆虫の生態写真や自然風景の写真も掲載しています

チョウの北上

2018-11-08 16:39:29 | チョウ

 日本ではここ100年の間に年平均気温が約1℃上昇し、昨今では豪雨による自然災害も頻発するなど気象の大きな変化が目立っているが、この変化は生物の世界にも変化を及ぼし、桜の開花が年々早まる現象が起きている。影響は植物のみならず昆虫にも変化が見られる。例えば、南方系(暖地系)のチョウが日本列島を北上し、これまで記録の無かった地域で繁殖しているのである。40年以上前に千葉県の松戸市でモンキアゲハが飛んでいたのを見た時は、「何で南のチョウが・・・」と驚き、そして興奮したものだが、今ではすっかり定着し普通種になっている。現在、東京都内においては、以下の7種が見られ2種を除いて定着しているので、写真とともに挙げてみた。

  • モンキアゲハ Papilio helenus nicconicolens Butler, 1881 越冬態:蛹
  • ナガサキアゲハ Papilio memnon thunbergii von Siebold, 1824 越冬態:蛹
  • ツマグロヒョウモン Argyreus hyperbius hyperbius (Linnaeus, 1763) 越冬態:幼虫または蛹
  • クロコノマチョウ Melanitis phedima oitensis Matsumura, 1919 越冬態:成虫
  • ムラサキツバメ Arhopala bazalus turbata (Butler, [1882]) 越冬態:成虫
  • ウラナミシジミ Lampides boeticus (Linnaeus, 1767) 越冬態:卵,幼虫,蛹,成虫だが、東京では越冬できない
  • クロマダラソテツシジミ Chilades pandava (Horsfield, [1829]) 越冬態:卵,幼虫,蛹,成虫だが、東京では越冬できない

 チョウは、自らが耐寒性を増大させたり、休眠期間を長くさせるなどの適応能力を持つが、これらチョウの北上は、気温の上昇(温暖化)と極めて密接な関係があることが分かっている。例えば、ナガサキアゲハは各都市の年平均気温が約15℃を超えると侵入し生息するようになると言う。ただし、越冬態によっては冬の寒さが生存個体数に影響し、発生数や分布域の拡大を左右しており、ウラナミシジミにおいては、発生を繰り返しながら北上してきても、最終的には越冬できずに死んでしまう。
 北上後の繁殖においては、食草も関係しており、食草が限定的な地域にしかなければ、チョウの繁殖域も限定的になるが、園芸種のパンジー等も食べるツマグロヒョウモンでは、公園や庭先も繁殖域であり、北上後に爆発的に繁殖しているようである。
 チョウの北上は、日本に限ったことではない。カナダ・モントリオールで、これまで同国で生息が確認されていなかった中南米産のアゲハチョウの一種 クレスフォンテスタスキアゲハ Papilio cresphontes Cramer, [1777] の幼虫が発見された。他のチョウ類の生息域は10年に平均16kmのペースで北上しているのに対し、クレスフォンテスタスキアゲハはその15倍もの速度で生息域を北上・拡大していると言う。これまで生育可能な個体数を維持するのが困難であった地域にも進出し、現在までに400kmにもわたって生息域を広げており、寒冷な国で進む温暖化の影響だとしている。

 チョウの北上は、種によっては生態系に影響を及ぼす場合もある。クロマダラソテツシジミはソテツが食樹で、メスは300個ほどの卵をソテツの未展開葉や展開後間もない柔らかい葉に産む。孵化した幼虫は柔らかな葉を食害し、未展開の新芽を食べつくすこともあるのである。クロマダラソテツシジミは、産卵から羽化までが25~32℃条件で平均18.5日、30℃定温では12日で羽化する個体もいると言われているが、11月中旬以降はソテツの新葉の展開はなく、耐寒性の弱い蛹は羽化できずに死亡、羽化しても正常に羽が伸ばせずに成虫で死亡するので、世代交代はしていないようである。
 クロマダラソテツシジミは、チョウ自身の北上の他、ホソオチョウやアカボシゴマダラのように愛好家による「放チョウ」の噂が絶えない。本種の成虫は美しい色彩をもち、季節によって斑紋に変異を生じることから愛好家による人気が高く、飼育も容易であることが要因として挙げられる。

 北上はチョウに限ったことではなくトンボ等にも見られるが、昆虫が自ら生息分布を広げ北上するのは本能であり罪はない。しかし反面、寒さを好む北方系の昆虫の生息分布が狭くなっている現実もある。これら現象は、人為的な「温暖化」が一番の原因であることを知っておくべきだろう。ただ、温暖化は地球規模で起きているため、我々一人一人が危機感を持って何かを始めても食い止めることは難しいかもしれない。

参考文献
北原正彦, 入來正躬, 清水剛(2001) 日本におけるナガサキアゲハ(Papilio memnon Linnaeus)の分布の拡大と気候温暖化の関係. 蝶と蛾(日本鱗翅学会誌)52(4):253-264.
北原正彦(2006)チョウの分布域北上現象と温暖化の関係地球環境研究センターニュースVol.17 No.9
河名利幸、安田清作、鎌田由美子 ほか、千葉県におけるクロマダラソテツシジミの初発生確認後の分布拡大と越冬の可能性 関東東山病害虫研究会報 Vol.2010

モンキアゲハの写真 モンキアゲハの写真

モンキアゲハ

ナガサキアゲハの写真 ナガサキアゲハの写真

ナガサキアゲハ(左:オス 右:メス)

ツマグロヒョウモンの写真 ツマグロヒョウモンの写真

ツマグロヒョウモン(左:オス 右:メス)

クロコノマチョウの写真 クロコノマチョウの写真

クロコノマチョウ(左:夏型 右:秋型)

ムラサキツバメの写真 ムラサキツバメの写真

ムラサキツバメ(左:オス 右:メス)

ウラナミシジミの写真 ウラナミシジミの写真

ウラナミシジミ(左:オス 右:メス)

クロマダラソテツシジミの写真

クロマダラソテツシジミ

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