ホタルの独り言 Part 2

ホタルの生態と環境を52年研究し保全活動してます。ホタルだけでなく、様々な昆虫の生態写真や自然風景の写真も掲載しています

ホタルの谷(東京)

2024-07-09 11:00:43 | ゲンジボタル

 ホタルの谷は、東京都内にもある。そういった名前の場所があるわけではなく、私が勝手にそう呼んでいるだけだが、多摩西部の標高約300mの山間部にある。吸い込まれそうな細い深谷の底を流れる渓流にゲンジボタルが生息しているのである。
 多摩地域は、2019年10月12日に通過した台風19号が1日で550mmを超える大雨を降らし、川は濁流と化した。10月一か月の平年降水量が200mm前後であるから、たった1日でそれを大きく上回る雨が降ったのである。これにより、各地で大きな被害が出たが、多摩西部の渓流に生息するゲンジボタルの幼虫やカワニナの多くが流され、翌2020年の発生は激減し、わずか数頭しか飛ばなかった。2022年7月4日に訪れた際は、5~6頭が飛翔しており復活の兆しが見え始めていた。そこで今年、7月2日と4日に様子を見に行ったところ、両日ともに40頭を超えるゲンジボタルが飛翔しており、ようやく回復したと言えるだろう。
 大雨や台風などによる増水は、長い歴史の中で何度も起こっている。そのたびに多くの幼虫たちが流されるが、決して絶滅はしない。それは、ゲンジボタルは1年で成虫になる個体の他、2年から4年かかって成虫になる個体もいるからである。小さな幼虫ほどわずかな隙間に隠れて、かなりの水量でも流されることはない。もし、すべての幼虫が揃って成長したならば、一気に流されてしまう可能性が高いが、成長をずらすことで生き残る確率が高くなる。環境変化の大きい河川において生き残りの戦略の1つであると言える。

 ホタルの谷には、中腹に幅2mほどの林道があり、奥まで進むと川原まで降りることができる。岸の両側は、急斜面の杉林が迫っており、見上げて見える空は狭い。その川原に17時半から待機した。
 都心は猛暑日となったが、さすがにこの谷は涼しい。18時半頃では25度を下回り、まくっていた長袖シャツの袖を下した。次第に暗くなると、こんな谷底の渓流に一人では心細く、しきりに周囲を見渡しながらひたすら待つ。すると19時半。1頭が光り始め、2分後には急にその数が増え、20時を過ぎた頃には40頭を超えるゲンジボタルが発光飛翔を繰り返した。奥の小さな滝の上は木々が川まで迫っているので、周囲より一段と暗くなっているため、その場所で飛び交う個体が多いが、しばしば、上流から下流へ、下流から上流へと行き来もする。時折、川面から2mほどの高さを飛ぶ個体もいるが、ほとんどが10m以上の高い所を飛び交っている。
 観賞するには、谷底から星を見るように見上げるのが一番である。このようなホタルの谷は、東京都内では数少ない。

 ホタルの谷においては、写真と動画を撮影し、2024年現在におけるゲンジボタルの発生状況と周辺環境の記録を残すことができた。写真は縦構図と横構図のもの、そして谷底から見上げて星と一緒に撮ったものを掲載した。撮影は19時半から21時まで行っているが、90分間に撮ったカットをすべて比較明合成することはしていない。動画においては、オスたちの集団同期明滅の様子を捉えているので、ご覧頂くと西日本型ゲンジボタルであることが分かる。
 当地は、保護も保全もされていない全くの自然発生地であるが、50年ほど前に西日本型ゲンジボタルは放された経緯があり、そのホタルが定着している。このような個所は近隣にいくつかある。ゲンジボタルの遺伝子は、西日本と東日本で明確に異なっているが、それが分かったのは今から25年程前である。当時はどのゲンジボタルも一緒と思われていたので仕方がない。今となっては、東京都内に生息している東日本型のゲンジボタルが絶滅しないように守るしかなく、そのために環境保全や交雑を防ぐ手立てが必要だが、今日でも、兵庫県等の養殖業者から購入して放ち、ホタル祭りを行っている自治会などがあるというから悲しくなる。
 そもそも東日本型ゲンジボタルは、ホタルの谷のような山間部の深谷には生息していない。里山の河川中流域や谷戸の細い流れなどに生息している。しかしながら、そうした場所は開発や耕作放棄で荒れ果て、あるいは農薬の散布で一気に死滅し、一部を除いてかつての光景はほとんど見られない状況である。東日本型ゲンジボタルが生息する里山環境を保全するよりも、人が手を入れなくて済む手間のかからない場所に飛んでくれれば、そんな楽なことはない。西日本型ゲンジボタルの生息環境ならば、産卵数が多いからカワニナなどがいれば適応が早く、定着するのも自然災害からの復活も早い。今、ゲンジボタルが見られるホタルの谷をはじめ、玉川上水や野川なども、皆、西日本型ゲンジボタルである。
 勿論、放たれた西日本型ゲンジボタルに罪はなく、乱舞する様子は素晴らしく美しい。定着しているならば、現状を保全する価値はある。しかしながら、東京都内において本来あるべき光景も忘れてはならない。観賞だけのために養殖され放された料亭やホタルの庭園のホタルを見て楽しんでいる間にも、八王子市川町の谷戸に舞うゲンジボタルとヘイケボタルは、今尚、開発の危機にさらされている。あきる野市の里山「横沢入り」も、保全が不十分なために20年前の1/10以下にまで発生数が減少したままである。江戸時代に庶民の間で夏の風物詩として行われていた「蛍狩り」の光景は面影すらなく、戻ることはないが、自然を壊す一方で違う環境を作ってもいる。我々のDNAに刻み込まれた文化さえもすり替えようとしているように感じてしまう。
 里山の環境保全や再生、文化の問題だけではなく、昨今のゲリラ雷雨や猛暑酷暑の連続という異常気象。地球規模で起きている異変は深刻である。我々は、今まさに何が何でも越えなければならない「深谷」に直面しているが、一人谷底で嘆いても天には届かない。

以下の掲載写真は、縦構図は683×1024ピクセルで、横構図は1920×1280ピクセルで投稿しています。写真をクリックしますと別窓で拡大表示されます。 また動画は 1920×1080ピクセルのフルハイビジョンで投稿しています。設定をクリックした後、画質から1080p60 HDをお選び頂きフルスクリーンにしますと高画質でご覧いただけます。

ホタルの谷の写真
ホタルの谷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / マニュアル露出 F2.8 20秒 ISO 1600 1分相当の多重 焦点距離30mm(撮影地:東京都 2024.07.04 20:07~20:08)
ホタルの谷の写真
ホタルの谷
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / マニュアル露出 F2.8 20秒 ISO 1600 4分相当の多重 焦点距離30mm(撮影地:東京都 2024.07.04 20:07~20:11)
ホタルの谷の写真
ホタルの谷
Canon EOS 7D / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / マニュアル露出 F2.8 20秒 ISO 1250 8分相当の多重 焦点距離約27mm(35mm換算)(撮影地:東京都 2024.07.02 19:56~20:04)
ホタルの谷の写真
ホタルの谷(谷底から見上げて)
Canon EOS 5D Mark Ⅱ / Canon EF17-35mm f/2.8L USM / マニュアル露出 F2.8 30秒 ISO 2000 4分相当の多重 焦点距離30mm(撮影地:東京都 2024.07.04 20:51~20:55)
ホタルの谷(東京)
(動画の再生ボタンをクリックした後、設定設定をクリックした後、画質から1080p60 HDをお選び頂きフルスクリーンに しますと高画質でご覧いただけます)
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