(追記; 全国5万2千483人のjun-junセンゼニアのみなさん、ようこそ、キチガイブログへ。
本記事以外にも、下記記事があります。酔狂な方はどうぞ。
・ガーナ人でも
・頭にBCG
・日帝の手切れ金
・スーパーサラダは実在した。
・江藤淳、『日本と私』
↓それでは、キチガイ 記事をお楽しみください;)
―本文とは全然関係ありません―
われらが猫猫センセこと小谷野敦さんが芥川賞候補になったとのニュース;
芥川・直木賞候補作決まる
第144回芥川賞、直木賞(日本文学振興会主催)の候補作が4日発表された。初候補は芥川賞が朝吹真理子、小谷野敦の2氏、直木賞が犬飼六岐、木内昇、貴志祐介の3氏。選考会は17日午後5時から東京・築地の新喜楽で開かれる。候補作は次の通り。(敬称略)
【芥川賞】朝吹真理子「きことわ」(新潮9月号)▽小谷野敦「母子寮前」(文学界9月号)
芥川賞を取る前に、つまりは後出しじゃんけんにならないように、思いつきメモを書く。
なお、この連休これから本屋に『母子寮前』を買いに行こうかなと思っているので、まだ読んでいないです。これから書くメモは、この作品で解決済みのことなのかもしれません。
■"嘘つき"猫猫と父親探し。
小谷野敦さんのブレイクは『もてない男』です。でも、その後、実は悩んでいた最大の問題は別であったと明かされれてます(今この記事を"素手"で書いているので、引用出典は書けない)。それは、東大の"文藝"系で修業していたとき、周りの修業していた人たちが経済的にも文化的にも"裕福"な人びとに囲まれていたことです。職人の父を持つ猫々センセは、自分の境遇に悩んでいたことをのちに述べています。
つまり、異性にもてないことは実は二の次の悩みだったということです。二の次の悩みで本当の苦悩を"隠蔽"していたのです。
別に小谷野敦さんは嘘をついていたわけではないのです。でも、当時は、"隠して"いたのです。
ところで、小谷野敦さんは宿敵・ギドー(中島義道)の「非リアル・演出・"嘘"」を目ざとく指摘します。なぜ、そういうことができるのでしょう? たぶんそれは、自分が「非リアル・演出・"嘘"」を実行しているからではないでしょうか? 蛇の道はヘビ、ってことです。
自己申告である自伝は、「非リアル・演出・"嘘"」の実行の集積にほかなりません。
周囲の当事者が黙っていてくれれば、世間の本を買うだけの"庶民"をだますのは朝飯前です。
でも、周囲の当事者が直撃砲を浴びせかけたら、ひとたまりもありません。
■仲人といえば親も同然。
突然ですが、所ジョージ(夫妻)の仲人はタモリ(夫妻)です。昔、フジテレビ、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングで、所ジョージはタモリの奥さんにジカ電し、タモリの奥さんの声を、(最初で最後?)テレビで世間に流した。その時、盛んに、所ジョージとタモリは二人してお互いに「仲人といえば親も同然。」と言いあい、お互いの主張の根拠にしていた。昭和的・20世紀的価値観が生きていた頃の話だ。
このエピソードは、基本的には実力で生きる業界での、実力外での処世術を見せてくれた。
さて、小谷野センセの話に戻る。平川 祐弘さんは東大教授で、小谷野センセの"師匠"だったらしい。その平川祐弘に小谷野さんは仲人を頼んだのだ。小谷野さんは自伝で学生時代に、西部邁との付き合いや舛添 要一(や他の有名どころ)のゼミに出入りしていたことを書いている。"師"を求めていたらしい。一方、実の父親との確執を最近ブログに書くようになっている。そして小谷野さんのおとうさんはダメ人間だったらしい。つまり、実の父に不満であった小谷野さんは、東大で"父親探し"をしていたのだ。師を父親にする唯一の方法は仲人になってもらうことである。
小谷野さんは宿敵・ギドー(中島義道)は変人ぶっているけど本当は世渡り上手だから、自分は嫌いだと言っている。うまく世渡りしようとしたのは小谷野センセも同じではないだろうか。ただ、失敗しただけなのだ。不運な世渡り上手者(もの)なのである、猫猫センセは。そういうところが、全国5万2千483人のjun-junセンセ マニアが気に入っている点なのだ(いか@サマデータリサーチ調べ)。今度こそ、芥川賞で大逆転!を望んで、応援しているのだ。
平川祐弘さんは証言している;
平川 : 最近、小谷野敦(一九六二年生)が『東大駒場学派物語』というのを出したんですが、そこでやり玉に挙げられてしまって……。
「平川というのは、キリスト教は嫌いだ」とか「天皇崇拝を強制する」とかありもしないことを面白おかしく書いて、全くもう迷惑。
いつか同世代の女子学生が片端からストーカーされて迷惑したように小谷野に私もやられるだろうとは思っていたけれども。
この人は、次々と才色兼備の女子学生に言い寄ってふられてその体験を基に書いた『もてない男』というのが一〇万部も売れた。それを自慢しているんですよ。
それが売れてちょっと元気になって、それで結婚した。そのときは僕を仲人に頼んでいるくせに、そういうことは一切書いていない。
初めは 東大駒場学派の歴史を書くといっていたのがいつのまにか物語になって、勝手なゴシップを書いて、人にレッテルを貼った。
要は、「天皇崇拝」だとか、「神道」だとか、「右翼」だというのは、殺し文句として非常に有効なんですね。そういうことを分かって使っている。
粕谷 : かなり悪質だね。 [ 藤原書店の雑誌『環』で平川祐弘先生 .... 粕谷一希との対談 ]
小谷野さんはこのことを、当の平川氏に暴露されるまで、黙っていた。別に文筆屋さんは、個人的なことをすべて明らかにする責務はない。ただ、その非公開の情報を開示すると、それまで開示してきた情報の体系の前提が疑問視され、従来のその公開情報の体系の意義・信憑性が問われることになる情報の非公開は、その効果からみて、"嘘"に近い行為と言わざるをえないのではないのだろうか?
そして、今回のこの『母子寮前』を書く動機が、父親を書くことに直面せざるを得なくなったこと、そしてそれが仲人であった平川の暴露が原因ではないかと、おいらは邪推している。
なお、結婚式で実の父(ダメ人間らしい)が仲人の平川東大教授に対しどうふるまったのか興味があるところではある。そして、その狭間で小谷野さんがどうふるまったのか。
老婆心ながら付け加えると、別に"嘘"、意図的な重要事項秘匿が悪いと批判しているわけではない。むしろ、"嘘"をついてまで、事実と異なる、あるいは、"誤った"情報を世間に与え、世人を操作する表現作品とは何だろう?という指摘である。
最新の画像[もっと見る]
日本文学振興会とどういう関係があったのだろうか。
それは、岩波書店が小谷野さんの本を出してくれないことに対する腹いせでたる。
いつもながらの恨み節であろう。
小谷野さん、どうですか。
それに対して、小谷野さんは、谷崎伝の大著を出したのにほとんど取り上げられていないのはなぜですか。
ぜひ教えてください。
おめでとうございます。
その証拠に大学教授公募に28回近く落選している。
具体的にはつぎに述べたい。
罵倒しているが、小谷野自身に学問的業績があるのだろうか。本をたくさん出せば業績になると思っているようだが、あまりにも幼稚だ。
小谷野敦は、ほとんど学問的業績がないといってもよいだろう。その証拠に、30回近くも大学教員公募に落選している。
以下、具体的に点検してゆきたい。
芥川賞卒業は芥川賞落第というべきです。
猫猫塾へ行ったほうがいいんじゃないかと、思っています。
でも、披露宴をやらなければいけなかったことと仲人を頼んだこと、ましてや、平川教授に頼んだことは一直線では結びつきません。
なぜなら、仲人なしでも披露宴はできます。
そして、なぜ仲人が平川教授なのかも不思議です。
こういう状況で、おいらの邪推は、小谷野さんが世渡りのために将来の後見人・庇護者として平川教授に期待したというものです。
さらに、もっと無責任なことを言うと、「作家」になったんなら、裁判だの、それをいうと訴えられるというexcuseは、作家の美意識として「どうなんだろう?」と....。