▲ 今週のみけちゃん
▼ 新しい街でもぶどう記録;第354週
■ 今週の武相境斜面
■ 今週のメタセコイア
■ 今週の草木花実
■ 今週の夏野菜
■ 今週の非袋系飾り物
夢庵:飾りいなり
■ 今週の久しぶりに見た(バスより)
■ 今週のこどもの国
■ 今週の訃報
Google [訃報:冨山妙子 99歳] wikipedia[冨山妙子]
冨山妙子の自伝(1968革命の頃の出版)をもっていたはずのなだが、すぐに出てこなかった。
■ 今週の購書
高田宏、『言葉の海へ』Amazon
幕末に仙台伊達家の大童信太夫 [wiki] という'留守居役"(藩の対外折衝役)が、福沢諭吉と「友達」だった。これは諭吉の『福翁自伝』にも出てくる。『福翁自伝』に書かれていないこととして、大童信太夫は2,500両を諭吉に預け、洋書購入を依頼したとのこと。その話が、この本にも出ているらしいので買う。この本は辞典をつくった大槻文彦の伝記。
(江戸に)着任して間もなく信太夫は、大槻磐渓を介して福沢諭吉を知った。二人はこれからの日本の青年の教育について語り、共鳴することが多かった。 翌万延元年、諭吉が咸臨丸で渡米した時には、信太夫は藩金二千五百両を預けて洋書の購入を依頼した。洋学を志す若者たちのために、最新の洋書をできるだけ限り備えてやりたかった。初めて日本人だけで操船して太平洋を渡るという、命がけの冒険航海に出る咸臨丸だ。そこへ二千五百両もの公金ー咸臨丸が二万五千両だから乗って行く船の一割にもあたる金だーを預けようという無茶な話である。しかし福澤はえ大童の人柄と考え方をよく知っている。大童も福澤をよく知っている。福沢は気軽にこの金を預かり、四か月後の五月に品川に寄港した時には大量の要素を持ち帰ってきた。 高田宏、『言葉の海へ』
ネットにもあった。例の機関紙のon lineだ;
■ 今週の「ゾッキ」本
■ 今週の今世紀初めて
タワーレコードの前を通ったので、入る。何十年ぶりだろう。少なくとも、今世紀は初めてだと思う。 ↓ 何か売ってるものが、何十年と変わらない ↓ 違う。輸入盤ではないのだ、と今気づく。
おいらが初めてタワーレコードで買ったのが、Anita Bakerの Raptureだ(wiki)。当時は、すべて輸入品だったに違いない。そして、CDとレコード盤が共存していた時代。CDを買った。1年もたたず、レコード盤は店頭から消えた。その時点で、ジャケットが大きくて見栄えがするレコード盤もあれば、飾りにいいのになと考えた記憶がある。当時、日本発売のLPが2,500円で、輸入盤が1,000円ほどだった。断然、安かった。輸入CDの値段は記憶がない。
↓ Anita Baker はなかった。
何で急にタワーレコードかというと、戦後日本の偽毛唐化問題(=戦後日本社会のアメリカ化)を考えていたから。松任谷由実は、1970年前後?、横田か立川のPXでレコードを買っていたとのこと[1]。つまり、プラザ合意の後、1980年代のタワーレコードというのは、PXのレコード売り場が、巷に展開したということだ。
[1] 「八王子の家から、20分ぐらいで立川とか横田のベースへ行けたわけ。(略)だいたいはハーフの友達とか、みんな16ぐらいでもうクルマ持ってたから、そういう友達に迎えにきてもらうのよ。ベースに行くとPXでレコードも買えるのね。彼女たちはおしゃれとか男の子に夢中で、どうしてそんなにレコード買いあさるのよ、って変な眼で見てたけど、私はもうレコードに夢中。輸入盤は840円ぐらいだったんじゃないかな」(松任谷由実『ルージュの伝言』(Amazon) 42―43ページ)(引用元)
後記:調べると、今のタワーレコードは米本社からは独立しているとのこと(wiki).
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