一体今の日本は独立国なのだろうか。サンフランシスコ条約が発効した昭和27年4月28日以降については、表向きは日本が主権を回復したといわれています。
しかし、そのことに疑問を呈したのが佐伯啓思でした。それ以前は日本は占領軍の統治下にあったわけですが、そのときに現行憲法が制定されたのでした。本来であれば主権が存しない時期につくられた憲法は無効であり、福田恆存は廃憲論を主張したのでした。
現時点ではそれがもはや不可能であるとするならば、佐伯は「次善の、しかも現実的方策としては、『新たに創憲するつもりでの改憲』ということになるでしょう」(『日本の宿命』)と書いています。
そして、佐伯は江藤淳が問題提起した「日本の無条件降伏というのは、あくまでも軍隊の無条件降伏であった」との見方を評価しつつも、ミズリー号上の「降伏文書」に紛らわしい一文があることに注目したのです。
「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、本降伏条項を実施するため適当と認むる措置を執る連合国最高司令官の制限の下に置かるるものとする」(『同』)と記述されていたからです。
そこで出てくる〝subjecto to〟という意味は「制限」というよりは「従属」に近く、だからこそ占領期間中は日本政府は占領軍の言いなりになったのです。
さらに、私たちが忘れてはならないのは、サンフランシスコ条約では、この条約が発効後90日以内に占領軍は撤退しなければなりませんでした。それ以後も占領を継続するためには、日米安保条約を締結する必要がありました。
つまり、佐伯が指摘するごとく、現行憲法と日米安保条約はセットであったのです。日本は自らの国の防衛をアメリカ任せにしてしまったのです。これによって国家としての根幹が否定されてしまったのです。
未だに我が国はアメリカの従属の下にあるのです。自衛隊の悲劇はまさしくそこにあります。そのアメリカは国内で内戦状態になり、東アジアでのプレゼンスを低下させています。我が国がどうすべきかは明々白々ではないでしょうか。独立した国家として今こそ有事に備えなければならないときなのです。
しかし、そのことに疑問を呈したのが佐伯啓思でした。それ以前は日本は占領軍の統治下にあったわけですが、そのときに現行憲法が制定されたのでした。本来であれば主権が存しない時期につくられた憲法は無効であり、福田恆存は廃憲論を主張したのでした。
現時点ではそれがもはや不可能であるとするならば、佐伯は「次善の、しかも現実的方策としては、『新たに創憲するつもりでの改憲』ということになるでしょう」(『日本の宿命』)と書いています。
そして、佐伯は江藤淳が問題提起した「日本の無条件降伏というのは、あくまでも軍隊の無条件降伏であった」との見方を評価しつつも、ミズリー号上の「降伏文書」に紛らわしい一文があることに注目したのです。
「天皇及び日本国政府の国家統治の権限は、本降伏条項を実施するため適当と認むる措置を執る連合国最高司令官の制限の下に置かるるものとする」(『同』)と記述されていたからです。
そこで出てくる〝subjecto to〟という意味は「制限」というよりは「従属」に近く、だからこそ占領期間中は日本政府は占領軍の言いなりになったのです。
さらに、私たちが忘れてはならないのは、サンフランシスコ条約では、この条約が発効後90日以内に占領軍は撤退しなければなりませんでした。それ以後も占領を継続するためには、日米安保条約を締結する必要がありました。
つまり、佐伯が指摘するごとく、現行憲法と日米安保条約はセットであったのです。日本は自らの国の防衛をアメリカ任せにしてしまったのです。これによって国家としての根幹が否定されてしまったのです。
未だに我が国はアメリカの従属の下にあるのです。自衛隊の悲劇はまさしくそこにあります。そのアメリカは国内で内戦状態になり、東アジアでのプレゼンスを低下させています。我が国がどうすべきかは明々白々ではないでしょうか。独立した国家として今こそ有事に備えなければならないときなのです。