第四次安倍再改造内閣が昨日スタートした。安倍首相は憲法改正に向けた布陣と胸を張るが、物足りなさを感じてならない。文在寅による韓国の赤化は避けられず、非常時に備えなくてはならないのに、あまりにも危機意識が乏しいからだ▼朝鮮半島と付き合うことの難しさについては、北一輝もわざわざ言及している。「要スルニスベテノ原因ハ朝鮮ガ日本、支那・ロシアノ三大国ニ介在シテ自立スルアタワザリシ地理的約束ト、ソノ道義的廃頽ヨリ一切ノ政治・産業・学術・思想ノ腐敗萎微ヲ来シテ内外相応ジテ亡ビタルモノナリ」(『日本改造法案大綱』)。朝鮮半島の置かれた地理的な条件が事大主義を培ってきたというのだ。しかし、その一方で北は、朝鮮半島が日本の敵対国やその同盟者の手に落ちれば、我が国の「存亡問題」となると警告したのである▼何度でも言う。韓国の起きていることは対岸の火事ではない。今の韓国明日の日本なのである。北が「一歩ヲ誤ラバ宗祖ノ建国ヲ一空セシメ危機誠ニ幕末維新ノ内憂外患ヲ再現シ来レり」「国家ノ武装ヲ忌ム者ノゴトキノ智見ツイニ幼童ノ類ノミ」(『同』)と述べていたことは、現在の日本を予言していたのである。政官財とマスコミは、仇なす国に靡いており、青木理や玉川徹らはその典型である。日本が滅びないためにも、いざという時は、憲法制定権力としての国家緊急権を発動する政治が今こそ待望されているのである。
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このとき高麗で起きていたことは、「元」と「明」のどちらに事(ツカ)えるのかを争う「事大主義」党争である。現状維持でよしとする親「元」派・仏教派の旧貴族支配層と、現状打破を求める親「明」派・儒教派の新興士大夫層との対立である。
(韓国の『検定版 高等学校韓国史』から、できる限り取り除かれ、あるいは薄められているのが、どちらに事(ツカ)えるのかを争った「事大主義」党争である。史実を直視できないのだ。)
「武人・李成桂は、1388年、明に対抗するため遼東半島に向かうはずであった遠征軍を引き返し、クーデターを起こして政権を掌握、1389年に恭譲王を擁立すると親『明』派・儒教派の新興士大夫層の支持を受けて体制を固め、1392年に恭譲王から禅譲される形で王位につき、朝鮮王朝(李氏朝鮮)を興した。1394年、旧高麗勢力の叛乱を懸念した李成桂は、恭譲王はじめ主だった高麗王族を殺害した上で、王姓を名乗る者の身の安全を保証して一ヶ所に集め、移住先へ移動させるとして船に乗せ、それを沈めて全員を溺死させた。」(Wiki)
「李成桂の新王朝は、激しい争いをともに戦ってきた子飼いの部下たちと、鄭道伝(チョン・ドジョン)をはじめとする儒学を身につけた士大夫官僚たちという、『武』と『文』の連合的性格をもっていた。新王朝はその中で、文=学問を国家運営の基軸にすえる政策をとっていった。李成桂の幕僚として新王朝設立に抜群の功績をあげた鄭道伝は、国家の要職を独占し、その権勢は他にならびのないものになった。」
(韓国海軍の駆逐艦「クァンゲトデワン(広開土大王)」による日本哨戒機レーダー照射のときに一緒にいた韓国海洋警察庁の警備救難艦「5001 サンボンギョ(三峰号)」の、“サンボン”は、この鄭道伝の‟号”である)