日本が大東亜戦争で敗北したことが今でも尾を引いているのである。それを隠蔽してきたのが日本の政治であった。あたかも戦後民主主義が、日本自身の力で実現したかのような素振りをしている。しかし、それは真実ではない。太宰治は昭和21年6月号の「展望」に掲載された戯曲『冬の花火』の冒頭部分で、占領下の日本を痛烈に批評した。「負けた、負けたと言うけれども、あたしは、そうじゃないと思うわ。ほろんだのよ。滅亡しちゃったのよ。【日本の国の隅から隅まで占領されて、あたしたちは、ひとり残らず捕虜なのに、】それをまあ、恥かしいとも思わずに、田舎の人たちったら、バカだわねえ、……」。【】で示された部分は、それこそ占領軍の検閲によって削除されたのだった。磯田光一は『戦後史の空間』でその戯曲を紹介しているが、戦後民主主義の徒である磯田は、太宰の叫びの声を聞く耳を持たないようだ。太宰は日本人の地の声をそのまま述べただけなのである。絶えず戦争を繰り返してきた欧米であれば、ゲームのような勝ち負けの次元で語ることができる。日本は根本から否定されてしまったのである。それはイデオロギーを超えた現実であり、それを直視することなくして、日本の真の独立はないのである。今回の東京都知事選挙で、私が田母神俊雄氏を応援するのは、自衛隊の指揮官として、捕虜としての日本の悲しみを体験した人間であるからだ。真の独立を日本が回復するためにも、田母神氏のような政治家が今こそ必要なのである。
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