昨日の毎日新聞の夕刊の記事で、“「就職失敗」自殺2割増、昨年大学生は倍増46名”とあった。トータルで昨年より5%減とはいっても13年連続の3万人超えだ。
心がキリキリと痛む。
昨日の予備校生のネット投稿逮捕も重なって、なんとも言えない暗澹たる気持ちになる。こうして頑張って頑張って、ようやく大学に合格したと思ったら、間もなく始まる就職活動では超氷河期・・・。何度も何度も不合格通知を受け取り続けて、心が折れてしまうのも、痛いほどわかる。
でも、死んでしまったら絶対にいけない。何があっても自殺だけはいけない、と言いたい。戦争がどうしてもいけないものだということと同じように、どうしても自分で自分の命を断ってはいけない。自殺は自死と言われているけれど、自分を殺すことだ。殺人なのだ。
生きていくのはもちろん辛いことが沢山ある。けれど、踏ん張ってしぶとく生きていれば、きっといいことも沢山ある。そして生きているからこそ、苦しくて、辛くて、涙することもある。生きているから痛いし、お腹もすくし、喉も渇く。けれど楽しくて嬉しくて、生きていて良かった、と心から思えることも沢山あるのだから。もっと生きたい・・・と心の底から願っていても、病気や不慮の事故で亡くなっていく方は沢山いる。
沢山落ち込んで、沢山涙を流してもいいけれど、どうかその後、なんとか堪えてもう一度、顔をあげてほしい、と思う。止まない雨はないし、明けない夜はない。冬の次には必ず春が来る。
それに、あなたが自分の命を断つことで、どれだけ多くの遺された人が悲しみ、苦しみ続けるのか。そのことも決して忘れないで欲しい。あなたが生きてこの世にいることを必要とする人は大勢いるのだ。
機会があるごとに、息子には「絶対に自殺するようなことはしてはいけない」と口を酸っぱくして繰り返している。どれだけ沢山の親御さんが息子さんやお嬢さんの自殺で辛い思いをしているのか・・・胸が張り裂けそうになる。
もちろん、子どもの自殺だけが問題なのではない。お父さんやお母さんの自殺で辛く悲しい思いをしている子どもたち、最愛の伴侶を亡くした人たちも同じだ。
遺された方が辛い、と前にも書いたことがあるけれど、不治の病や自然災害等は神様の手によることかもしれない。だからあきらめがつくか、と言われれば決してそうは言えないが、いずれは運命だったと受け入れることはできるのではないだろうか。誰も悪くないのだから。
でも、自殺だけは違う。神様の手ではない。自分の手で命を絶つことだから。遺された人たちは、近しい人であればあるほど、自分がそれを防げなかったことをずっと悔い、ずっと苦しみ続けなければならない。
この先、私は病状が進んで、生きているのが辛い、と思う日が来るかもしれない。でも、私は決して自殺だけはしない、と心に誓っている。尊厳死をお願いすることはあるかもしれない。けれど、自分のためにも、遺される家族たちのためにも最期まで精一杯生きていきたいと思う。
今日も風が冷たい。それでも本当に日が長くなって、帰宅するまで暗くならない。精神衛生上とてもありがたい。
いよいよ花粉が飛び始めたと見えて、これまで薬で殆ど症状が出ていなかった息子もマスクをして出て行くようになった。兎年だからといって兎のような赤い目になるのはやはり気の毒なことだ。
休薬の週の大切な週末だ。どうしてもあれもこれもしたい、と思うけれど無理はし過ぎないようにしなくては。
心がキリキリと痛む。
昨日の予備校生のネット投稿逮捕も重なって、なんとも言えない暗澹たる気持ちになる。こうして頑張って頑張って、ようやく大学に合格したと思ったら、間もなく始まる就職活動では超氷河期・・・。何度も何度も不合格通知を受け取り続けて、心が折れてしまうのも、痛いほどわかる。
でも、死んでしまったら絶対にいけない。何があっても自殺だけはいけない、と言いたい。戦争がどうしてもいけないものだということと同じように、どうしても自分で自分の命を断ってはいけない。自殺は自死と言われているけれど、自分を殺すことだ。殺人なのだ。
生きていくのはもちろん辛いことが沢山ある。けれど、踏ん張ってしぶとく生きていれば、きっといいことも沢山ある。そして生きているからこそ、苦しくて、辛くて、涙することもある。生きているから痛いし、お腹もすくし、喉も渇く。けれど楽しくて嬉しくて、生きていて良かった、と心から思えることも沢山あるのだから。もっと生きたい・・・と心の底から願っていても、病気や不慮の事故で亡くなっていく方は沢山いる。
沢山落ち込んで、沢山涙を流してもいいけれど、どうかその後、なんとか堪えてもう一度、顔をあげてほしい、と思う。止まない雨はないし、明けない夜はない。冬の次には必ず春が来る。
それに、あなたが自分の命を断つことで、どれだけ多くの遺された人が悲しみ、苦しみ続けるのか。そのことも決して忘れないで欲しい。あなたが生きてこの世にいることを必要とする人は大勢いるのだ。
機会があるごとに、息子には「絶対に自殺するようなことはしてはいけない」と口を酸っぱくして繰り返している。どれだけ沢山の親御さんが息子さんやお嬢さんの自殺で辛い思いをしているのか・・・胸が張り裂けそうになる。
もちろん、子どもの自殺だけが問題なのではない。お父さんやお母さんの自殺で辛く悲しい思いをしている子どもたち、最愛の伴侶を亡くした人たちも同じだ。
遺された方が辛い、と前にも書いたことがあるけれど、不治の病や自然災害等は神様の手によることかもしれない。だからあきらめがつくか、と言われれば決してそうは言えないが、いずれは運命だったと受け入れることはできるのではないだろうか。誰も悪くないのだから。
でも、自殺だけは違う。神様の手ではない。自分の手で命を絶つことだから。遺された人たちは、近しい人であればあるほど、自分がそれを防げなかったことをずっと悔い、ずっと苦しみ続けなければならない。
この先、私は病状が進んで、生きているのが辛い、と思う日が来るかもしれない。でも、私は決して自殺だけはしない、と心に誓っている。尊厳死をお願いすることはあるかもしれない。けれど、自分のためにも、遺される家族たちのためにも最期まで精一杯生きていきたいと思う。
今日も風が冷たい。それでも本当に日が長くなって、帰宅するまで暗くならない。精神衛生上とてもありがたい。
いよいよ花粉が飛び始めたと見えて、これまで薬で殆ど症状が出ていなかった息子もマスクをして出て行くようになった。兎年だからといって兎のような赤い目になるのはやはり気の毒なことだ。
休薬の週の大切な週末だ。どうしてもあれもこれもしたい、と思うけれど無理はし過ぎないようにしなくては。